口実を許す「実際的必要」がなくなれば、口実によって人格を無視する訳には行かなくなります。既に、左様な組織が存在すると仮定すれば、目下種々な事情から生活方針の選択に迷っている者は少くとも最後の判断は自分の心によってなされるのだと云う責任感も与えられ、当然、考察の深化と視野の拡大は予期されます。又、これから人生の始ろうとする者は、先ず人として立とうとし、前時代の女性には一種の宿命的威嚇であった「身の振りかた」と云う概念に制せられないでもすむことになるではありますまいか。
現今、学識の深い女性は多くあり、特殊の技能を持った婦人は非常に増加しています。その中の或る者は、明に独立的人格者として、生涯を自己の意志で支配して、或は、するべき必要を感じているのです。然し、平時の生活はどうでもなりはしても、不時の災害の種々な場合を予想してそれを断行し得ない者が幾人あるか分りません。
自分が一旦宣言して、境遇から、或る人間の裡から去ったのに、どうして又病気になったからと云って、おめおめ尾を振って行かれましょう、この心持は、感情として、非常な力を持っています。
何も、総ての女性が経済上独力で生活すべき、と云う為にこの事が心に必要を感じさせたのではありません。或る事――或る生活が、或る時代の多数の人間をより正しく――輝しく意義あるように生かせるとしたら、それを完うするために、相互の深い理解と愛から生じた方法、組織が親切に、賢く案出されるべきだと思ったのです。
この考えは、未だ考えとしても発育未完なものです。まして、容易に実行され得ることではありません。
けれども、私共に、只注入された知識としてのみ、よりあるべき内容の人生の可能を知っていればよいのでしょうか。
土台をかためる、一つの小石も運ばないでかまわないのでしょうか。
私共は、真個によりよい事実の上に生きることを熱望致します。[#地付き]〔一九二一年八月〕
底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
初出:「女性同盟」新婦人協会
1921(大正10)年8月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
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