」
親をうらむようなことを度々云って居た。散々ないたあげく母親が弟子に稽古をつけて居る三味の音に気をとられて小声で合わせたりなんかして悲しさを忘れては、
「又あした」
こんな事を思うと急に暗いかげがさしてだまり込んで淋しいかおをして居るのがふだんであった。
其の日も下駄を格子の外と内にぬいで稽古をつけて居る母親なんかには目もくれずに二階に上ってしまった。
「又いじめられたんだ」
と思った母親は自分の子の不甲斐なさにはらは立ち又、そう云われてもしかたがない今の身の上を思うと不便[#「便」に「(ママ)」の注記]でもあり、こんなこんがらかった気持にすぐ撥をなげ出してしまいたいほど気が立って来た。
いいかげんに稽古をしまって母親はしのび足に二階にのぼってすきまから目だけでのぞくと筋がぬけたようなかたちをして手すりに頭をおっつけて午後のキラキラした川面をとんで居る都鳥の姿をなつかしそうに見て居た。
「キットなきつかれたんだよかわいそうに」
母親は一人ごとを云いながら障子をあけた。
長次はふりむきもしないで見入って居る。
「長ちゃん、どうおしだエ、何んか合わせてでも見ないかい」
何にもしらないようにこんな事を云った。
「母あちゃん」
長次はいかにもなさけなそうなしっとりとした声で云った。
「何だエ」
「アノネ、何故僕は芸人[#「芸人」に傍点]の子なんだろう」
「マア、何故って……妙な事をきく子だヨ、芸人の子なら芸人の子なんじゃあないか」
「古っから芸人の子って馬鹿にされるにきまってたんだろうか」
「そんな事がどこに有るもんかネ、正しい事ならどんな事をしたって馬鹿にされるっテエ事があるもんじゃあないノサ」
不雑作に云いのけてもこの上つっこんできかれたらと母親は気が気でなかった。
「でも明治の前までは乞食と同んなじだったって云うもん」
「そんなに御まえくどくど云ってるもんじゃあないのさ。古は昔、今は今、サネ、わかるだろう。もうこないだ御なくなりになった天皇様が御偉くって、偉くさえ有れば平民だろうが何だろうが立派にして下さるのさ、芸人だってそうさ、天皇様の御前であの福助と団十郎が安宅ヲシテ御目にかけた事だってあるじゃあないか、だもの……」
「僕になれるんかしら」
「なれるともネなれるともネ、一生懸命にさえすればどんなにでも偉くなれるもんだもの」
「母ちゃん、気やすめ
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