ながめながら、しっとりと重い髪の毛のひだを撫でて居りますと、包まれた様に柔かな心の底から、何がなし光がさし出て来る様な気が致します。
 この上なくしずまった心で貴方様を思って居るのでございますよ。
 けれどもまあ考えて見ますとふしぎではござんせんか、毎日毎日お目にかかって居る時は、別にこれぞと云って、御なつかしくもお話ししたいとも思いませんでしたのにねえ。
 下らない事を云い合って、白い眼をして居る群からはなれて、悲しみの多い物しずかな目を御送りなさる貴方様がおしたわしいのでございますよ。
 悲しみと申しますものは尊いものでございます。
 目に堪えられぬ涙の熱さを知らぬ人は、神様が――私は神様のいらっしゃるのを思いませんですけれど、はてしない宇宙に満ちた偉きな力を神様と申さずにほかによい言葉がございますでしょうかしら――人の心をやわらげるためにおそなえなすった得がたい宝を見忘れた人でございますまいか。
 悲しみは、世の中のすべての人をいつくしむ心をお与え下さいます。
 幾重にも幾重にも被われた真の物の尊さを教えて下さいます。
 どなたの御目にも私は、豆蔵みたいにうつって居る事でござんしょうねえ。
 おもてはそれでも決してかまいません。
 けれどもはてしない悲しみになきぬれて居る霊があるのをお忘れ下さいますな。
 こう申しながらも、私の眼にはしみじみと涙が湧いて居ります。
 あまり夜がしずかでございます故、
 あんまりしとやかな心持になりました故、
 此頃は悲しみのない先頃の貴方様より、どれほど尊いいろいろの事をお考えなすった事でございましょう。
 死と申しますふしぎな事についても、霊と申します事についても。
 お目に掛りとうございます。
 静かに静かにおはなしが致しとうございます。
 達者で居る私は、毎日本をよみながらものを書きながら、どれほど考える時間の少ないのを不安がって居るでございましょう。
 夜は人間を賢くすると申します。
 私はこれから先、もっともっと書きつづけとう存じますけれどもお目がつかれるのが相すみませんからさようならと申しましょう。
 けれども私は、若し御ゆるし下さいますならば、いつまでもいつまでも心置きなく物を申しあげられる人になりとうございます。
 どうぞ私が気まぐれで申しあげるのでない事をお信じ下さいませ。
 お休み遊ばせ、よいお夢を。
 あ
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