略)」
 裁判長「いつ、どこで、だれとだれとが会ったということは分っていないようだ。数日にわたって数人が数ヵ所で謀議をやったんだというのが検事のいうことです。」
 吉田弁護人「(前略)七月十五日の会合には被告全部と組合員がいたとあるが、いかなる組合に所属するだれとだれか。」
 勝田検事「さようなことは、いずれも述べる必要はない。」
 吉田弁護人(白髪の頭をふり、机をどんと叩き)「必要があるからこそ聞いている。」
 第二回公判は、このような起訴状の朗読と被告飯田、外山、清水の起訴事実否認で閉廷された。
 第三回公判は十一月二十一日、裁判長の法廷を静粛に保つことについての発言があり、前回にひきつづいてまず横谷被告の起訴事実否認が行われた。彼の陳述約一時間ののち、きちんとした背広姿の竹内被告が証言台に立った。ニュースカメラのライトが一斉に彼の上に集中された。彼は落着いていて、はっきりした、やや早めな口調で「起訴状によりますと、共同謀議でやったとなっていますが、私一人の単独犯であります。(中略)民同、共産党の煽動によるものではなく、吉田内閣や三田村氏の陰謀によるものでもありません。たとえ命はあっても獄中で老いさらばえて、あの時真実をいっておけばよかったと思うでしょうから、ここに真実を申しのべました。」竹内の陳述は僅か五分ですんだ。傍聴席にいた竹内被告の妻政さんは、ハンカチーフを顔にあててうずくまり、これにニュースカメラが焦点をあわせると、その前に坐っていた伊藤被告の妻が子供を抱いた身体をつき出してかばい、(日本経済新聞)毎日新聞のカメラは証言台に立って陳述する竹内被告の後のところでハンカチーフを眼にあてて泣いている横谷被告の姿をキャッチした。
 裁判長「起訴状には横谷と二人でやったとあるが、どうか。」
 竹内被告「それはまちがいです。全く私の単独でやったことです。」
 裁判長「自分一人で電車を動かしたのか。」
 竹内被告「ハイ。」
 十五日に共同正犯を主張した竹内被告の自供手記を大々的にあつかった読売新聞は、この日の公判状況をきわめて簡単に扱い、かつ、竹内被告の陳述のはじめにいわれた言葉で他の大多数の新聞は記録している一つの項目――民同や共産党の煽動によるものでなく、吉田内閣や三田村氏の陰謀によるものでもありませんという供述をオミットした記事をのせていることは注目される。同
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