れなかった一人」として次のことをのべた。「お前がたよりにしている石川は偽証罪で逮捕してやる。本調査を妨害すれば、誰でも逮捕するだろうといった。この時私は顔色が変った。そうなったらどうしよう。白を白だといって偽証罪で逮捕されるなら、俺の白は誰が証言するだろう。そう考えると気持が弱くなってきた、」と。
被告たちは、このような精神的苦悩のうちにあつい夏じゅうを獄中に過した。林弁護人は弁論中、彼らは「あくまで重要犯人であるとして被告人相互の連絡を防止するという意味で、窓には板をはり、わずかの硝子戸しかすきまがなく、ほとんど日のめをみることができない。また、一切の書物は刑務所備えつけのものすらよむ自由を与えなかったのである。さらに、われわれがゆく前には運動すらも、監獄法によって所定されている運動すらも、人手がないというので絶対に許されておらない、しかも外部からの面会、差入れは絶対に禁止されていた。」(林弁護人陳述、速記録による)このことは、おそらく被告たちが六法全書さえ読むことができなかったかもしれないことを意味する。被告たちが、新刑事訴訟法について知らず、認定でやってやる[#「認定でやってやる」に傍点]という検事の言葉におびえたわけもわかる。
第一回の公判廷において、被告とともに公訴とりさげを主張し、あるいは、法の公正と人権擁護のために立ったのは、自由法曹団の弁護人ばかりではなかった。弁護士界の長老である正木、長野、和光、吉田などをこめる十一名の弁護士がこの公判に参加している。これらの弁護士団は、「本件の如き憲法や新刑訴の趣旨を蹂りんしているのではないかと被告がすでに思っているような事件においては」「法令が適正に運用されているかどうかを注意し、いやしくも非道、不正を発見したときにはこれが是正につとめなければならない。これは個人の被告人がいかなることをしたかということを離れて、公の公共的な立場において国家のために監視しなければならない。これがわれわれ弁護士の使命である。」「弁護士の本質は自由であり、権力や物質にとらわれてはならない。あに権力のみにかぎらない。世評などに対しても必ず左右されてはならない。」(長野弁護人)「司法権の最も大切な、重大な問題としては検事の不法取調べという問題がおこっている。こういうことを果して看過していいかどうかということについては、吾々は深く憂う
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