ているというのは、理性の方法をもって愛のためにたたかった※[#「火へん+華」、第3水準1−87−62]子さんの精神が、悲しみで朽ちさせられていないからこその真情だと思う。そして、戦争にふるい立てられていた当時の「あのすさまじい皆の心、それと同じものが世界平和のために湧き上らぬものかしら」という言葉は、※[#「火へん+華」、第3水準1−87−62]子さんににじりよって、その手をとらせたい心にさせる。そうなのよ、※[#「火へん+華」、第3水準1−87−62]子さん。わたしは、どんなに、※[#「火へん+華」、第3水準1−87−62]子さんから、真実なそのひとことをおききしたいと願っていただろう。そのひとことが、全日本の女性の胸の底にこだまとなってひびくことを願うだろう。
 日本には百八十八万人の未亡人がいる。その一人一人が母ではないかもしれないけれども、妻としての人生に傷をうけなかったひとは一人もいまい。世界の善意はこんなに平和のために動いていて、日本のなかにも痛切に平和を求める人々の動きがおこっている。日本の女性こそ、戦争を拒絶し、平和をまもるために働かずにはいられない立場の人々だと思う。それだのに、その声は、みんなの心にひそんでいる思いをそのままの高さとつよさにまでは表現されていない。
 ※[#「火へん+華」、第3水準1−87−62]子さん。わたしたち女性は、生物的にしかわが子を生めないものだとお思いになる? あなたの愛がそんなに大きく、そんなに母として深い傷にいまなお疼いているのに、もう一遍、その傷のいたみからかぐわしの香織を生んで見よう、と思うことはおできにならないかしら。こんどは戦争の兇猛と非人間性に向って抗議し、平和のために行動する、きょうという歴史の時代における香織を。そのために、人間としての母の愛が老いすぎたということがあり得るだろうか。そのために現実の方法がないということがあるだろうか。人類は平和を女性の姿で表徴する。このよりどころは非常に深い。平和が破壊されたとき最もむごたらしい犠牲となるものはあらゆる時代において女性であることを人類は知っている。[#地付き]〔一九四九年四月〕



底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年5月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子
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