迫の影響と結果を見ようとされていない。ゆうべ(八月一日)NHKの街頭録音は、「政党は選挙公約の実現に努力したか」という題目であった。「はい、そこにいらっしゃるお若い方」と指されて答えた人は自由党支持者であったが、意見として、自由党は少し言論の圧迫をしすぎると思います、と答えた。自由党の支持者で、同じ意見をのべた人がもう一人あった。常識にうつっているこの現実は、作家たる火野葦平によって、おのれとともに「昔にかえった」姿としてだけとりあげられている。
 民主的出版物の編集が、ひとり合点で、不馴れであるし拙劣である上に、第三者に真の努力を感じさせるだけの迫力を欠いているということは、出版文化委員会の席上で、しばしば発言されたことであった。出版の仕事は客観的な現実のうちにさらされている事業だから、特殊なえこひいき[#「えこひいき」に傍点]をして弁解になるものではないし、「立場」の正当性ばかりで成立することでもない。それはそれとして自身の存在をたたかい、確立をかちとらなければならない。すべての人民の事業はきびしく同じ現実にさらされている。
 その点では、民主出版事業の自己批判がたゆみなくもとめられるのである。しかし、すべての善意の民主的出版社が自身の拙劣さとひとりよがりだけの原因で、経営破綻したものだろうか。たとえば「民報」がつぶれたのは、編集が下手だったからではなかった。金がない、という原因からばかりでのことでもなかった。もとより読者の支持がなかったから、つぶれたのではなかった。苦闘していた「民報」の最後に打撃を加えた出火事件の真相に対して、官憲はどんな調査をしただろう。
 のこっている老舗の一つが、依然として講談社であり、そのすべての講談社的特性において残存していることは、日本の現代に何を語るだろう。戦争の年々に老舗たる貫録を加え、「信ずるところあって筆を守って来た」或る種の作家のもちのよさ[#「もちのよさ」に傍点]が、こんにち証明されるとしたらそれは日本の人民の生活と文学とに対して、何を告げるものだろうか。

          二

 匿名批評家にアトムA・B・Cとあり、小原壮助という一つの獅子頭を三人のひとがかぶっている。小原壮助1/3が、七月十五日東京新聞の「大波小波」に「出版の自由か不自由か」という一文をかかげた。
『新日本文学』六月号が掲載した、「サガレンの文化」の中で、ソヴェト同盟の権力の下では同人雑誌を出すことを許されないということを知った、「同人雑誌こそ新しい文学の唯一の温床であるのに、それを欠く革命後のソ連文学がシーモノフにせよ」「『虹』にせよ、全く大衆小説で第二のゴルキーが出ないのも、かかる出版の自由(すなわち不自由)のもたらす成果であろう」と結ばれている。
『新日本文学』六月号「サガレンの文化――転換期の一断面」埴原一丞の文章の小原壮助に着目されている部分ではこうかいている。一九四七年、豊原市に二十人位の文学志望者があって、新聞『新生命』を中心に樺太文学協会をつくろうということになった。第一回会合が新生命社でもたれ、「サガレン文学」を出すことにきめたが、新聞社主筆ミシャロフ少佐が、それを禁じた。理由をきくと次のように答えられた。「それは同人雑誌の形式です。ロシアにも以前、革命前にはありましたが、今はありません。芸術は社会のもので、個人のものでありません。同人雑誌は個人のものにする恐れがあります」
 そして、六月号の『新日本文学』を読んでいる人に、くだくだしくくりかえすまでもなく、埴原一丞は、ミシャロフ少佐の説明として、資本主義の下での出版と社会主義社会での出版の方法が、どのようにちがうかをのべている。労働者農民の文学好きな人たちは、どのようにして職場からの通信員となり、大衆場面で文学的成長をとげてゆくかという過程にふれている。サガレンでは経験されなかったらしいが、一九三〇年ごろからソヴェトでは自立劇団と少数民族劇団が年に一度モスクワで演劇オリムピアードを開いて、一年間の成果を評価しあう。そのような労農通信員《ラブセルコル》のルポルタージュ・コンクール、小説コンクールももたれ、優秀な作品は出版される。すべての出版物は、特別なもののほか、いつもルポルタージュや小説、詩のための場面を、大衆の中からの執筆者に向って開放している。現代の若い作家の大多数は、そのような道をとおって成長して来ている。
 小原壮助は、社会主義社会では大衆的な場面を通って、一人の若ものが作家として成長して来るというプロセスに対して全然懐疑的であり、否定的である。「大衆の批判というものがどんなものか、我国の場合で考えても、志賀直哉と吉川英治を国民大衆の討議にかければ、後者が選ばれること論をまたない」と。
 小原壮助が、社会機構や生活感情のすべての
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