ておけるだけの真の落ちついた態度が、妻としての若い婦人に必要なこともあろう。キュリー夫人の伝記は、殆どあらゆる若い人々によまれたのであるが、キュリー夫妻が、アメリカからの手紙でラジウムの特許をとるかとらないかという問題について言葉少なに相談しあった一九〇四年の春の或る日曜日の十五分間のねうちこそ、評価されなければならないと思う。彼等はラジウム精錬の特許を独占して驚くべき富豪になる代りに、人類へその科学上の発見を公開して、キュリー夫人は五十歳を越してもソルボンヌ大学教授としての収入だけで生活して行った。キュリー夫妻の人間としての歴史的な価値は、その十五分ほどの間の判断にかかっていたと云える。人生には平凡事のなかにもそういうような時がある。一つの動きに、その夫婦の生涯の転機がひそめられているようなことがある。盲目的に押しながされてそういうモメントを越したことから夫妻が陥る禍福の渦は、これまで幾千度通俗小説のなかで語られただろう。
 この前の欧州大戦は一九一四年八月一日に始まった。今度の狼火《のろし》は九月三日で、その間に二十五年の歳月があった。あの時分、二十五歳であった若い娘、若い妻、そしてその若い母のおののく胸に抱きしめられて無心に飢餓の時代も経た嬰児たちは、今や二十五歳の青年であり、娘である。彼等の或るものは、昔その母が彼女を胸に抱きしめたように幼い子供を抱擁して、前線へ出発して行く良人の傍を並んで歩いて行っているであろう。それを眺める父と母たちの思い、彼等に何を想起させ、何を望ませているであろうか。ヨーロッパの天地は再び震撼しはじめているが、この前のように盲目の狂暴に陥るまいとする努力は到るところに見られており、男に代って社会活動の各部署についた婦人たちも、二十五年昔よりは高められている技能とともに単純なヒロイズムにのぼせていないものを持っている。
 ロンドンで九月三日以後日々結婚登録をする者が夥しい数にのぼっていると報ぜられている。そのことも自分たちの高揚した気分からだけされているのでないことは、十分察せられる。生活ということがそこでも考えられている。
 刻々の推移の中で、人間らしい生活を見失うまいとする若い男女の結合が、今日の新しい結婚の相貌であるということは、日本について云えるばかりでなく、いくつもの国々の、心ある若い世代の生きつつある姿であると思う。[#地付き]〔一九三九年十一月〕



底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年7月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
初出:「新女苑」
   1939(昭和14)年11月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング