ることかと見ていると散々ころげて私の見当をうまく狂わしてやったとでも思ったのだろう、今度は茶色甲冑を先にして、偉い勢いで逆行し始めたではないか。而も、すっかり逆行しきるのではない。行ってはかえり、行ってはかえり、茶色甲冑が嘘の頭だと観破している私でさえ、そう両方に、自信をもって動かれると、どちらが本当の頭だか、いやに眼がちらつくようになって来る。虫はちゃんとそれを心得、必死の勢いで丹念に早業を繰返すのだ――私は終に失笑した。そして、その滑稽で熱烈な虫を団扇にのせ、庭先の蚊帳つり草の央にすててやった。
「ずるや! だました気だな!」

 きのうきょうは秋口らしい豪雨が降りつづいた。廊下の端に、降りこめられた蜘蛛が、巣もはらずにひっそりしている。その蜘蛛は藁しべに引かかったテントウ虫のように、胴ばかり赤と黒との縞模様だ。
[#地付き]〔一九二五年十月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「週刊朝日」
   1925(大正14)年10月1日秋季特別号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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