ょう?」
私は、フダーヤの親切を大層うれしく感じた。東京の家は、家の建ものとしてわるくはないのだが、両隣が小工場であった。一方からは、その単調さと異様な鼓膜の震動とで神経も空想も麻痺するモウタアの響がプウ……と、飽きもせず、世間の不景気に拘りもせず一日鳴った。片方の隣では、ドッタンガチャ、ドッタン、バタパタという何か機械の音に混って、職工が、何とか何とかしてストトン、ストトンと流行唄を唄った。一人が低い声で仕事とリズムを合わせて唄い出すと、やがて一人それに加わり、また一人加わり、終には甲高な声をあげ、若い女工まで、このストトン、ストトンという節に一種センチメンタルな哀愁さえ含ませて一同合唱する。
何とかして通やせぬストトン、ストトン、機械がドッタン、ガチャ、ドッタンバタと伴奏する――私は机の前に坐り、その小工場の内部の有様や、唄っている女工の心持を考えたり、稀には「二十六人と一人」を思い出したりする。けれども、いつもは騒々しい。実にやかましい。堪えがたく乱される。私はフダーヤにいった。
「これからはどんなことがあっても日曜になんぞ家を見ては駄目ね、あのひっそり閑としていたことはどう? カルピスくらいじゃあとてもおっつかないわ!」
「ハハハ、そのカルピスももうありゃあしない。さあ、垣根のところへ行って来なさい」
二人は、悲しき滑稽で大笑いをした。カルピスを、引越して間もなくその隣から貰った。やかましくする挨拶として。私は、
「私カルピスはきらいよ」
と、いった。
「変に白くてすっぱいものよ」
「へえ、だって初恋の味がするっていうじゃあないの、初恋はそんな? すっぱい? どれ」
フダーヤは、私より勇敢だから、すぐお湯をまして飲んだ。私は、彼女の顔つきを見守りながら訊いた。
「どう?」
「一つのんで御覧なさい」
「――酸っぱい?」
「飲んで御覧」
私は、彼女のしたとおりコップに調合し、始め一口、そっとなめた。それから、ちびちび飲み、やがて喉一杯に飲んで、白状した。
「美味しいわ、これは案外」
嫌いな私が先棒で、二三本あったカルピスが皆空になった。
「ねえ一寸、もうなくてよ」
「困ったな、食い辛棒にまた一つ欲しいものが殖えられては困ったなあ」
「いいことがある! さああなた縁側まで出ていらっしゃい。よくて、私は庭に降りるから」
「どうするの」
「内と外とで一つの
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