がさけられている。生のために不屈にたたかう能力を小柄な全身にみなぎらしている著者は、その体のたけとはばとで解決しきれないような問題は、みんなきってすてている。したがって、この引あげの辛酸な事実の歴史的背景となり悲惨の原因となっている日本の軍国主義や満州侵略、そこに巻きこまれた市民の不幸の意味などは、一切考えてみようとされていないのである。
 これらの特徴は、どれもこのごろの記録文学の性格をそなえている。まじめに考えさせるようなモメントは重苦しいとしてみんなきりすてて、スリル中心に読者をひっぱって行って、一定の雰囲気の影響のもとにおくジャーナリズムの方法が、「一生一代の勇敢なる冒険『創作を書く』ことを思いついた」著者の文筆におのずからそなわっていたというわけでもあろうか。
 跋を見れば、きょうの著者の日々は官舎に暮す小柄な軽口をいう無邪気な若い主婦の暮しである。
 あの八月九日の夜、新京から真先に遁走を開始した関東軍とその家族とは、三人の子をつれて徒歩でステーションに向う著者にトラックの砂塵をあびせ、列車に優先してのりこみ、ときには飛行機をとばして行方のわからない高官の家族の所在をさがさせまでした。が、八月十五日から数日たってやっと降伏した知らせが届いた満蒙奥地の開拓移民団の正直な老若男女が、ことの意外におどろいて数百名の生死を賭す団の進退をうちあわせようと駆けつけたときには、もうどこにも関東軍の影はなかった。そのために、うちすてられた開拓団のいくつかは、数百名をひとかたまりとして女から子供まで、絶滅させられた。満蒙奥地の住民のそのような怨み、憎悪が開拓団に向けられた理由こそは、関東軍が絶対命令で実行させつづけた住民からの収奪であったのに。きょうになれば、著者の耳目にこのいきさつもつたわっていよう。
 とるものもとりあえず新京を脱出した八月九日という日は、十五日より六日も前で、関東軍、役人たちの遁走前奏夜曲であったということを著者は、なにかの思いでこんにち、かえりみるときもあるだろう。新京にいてさえ、一般住民は不意うちをくい、おいていきぼりにあった。関東軍の威勢は日本の運命を左右し一人一人の首ねっこを押えていただけに、この歴史的事実にたいして、一般の人々の抱いている人間的道義的侮蔑は深く鋭いものである。日本の武士道とやまとだましいのはりこ[#「はりこ」に傍点]の面《めん》のうらの、醜さ、卑劣さとして、世界的に唾棄されている。軍につながる高級官僚たちが素早く我をかばった保身の術も、同情をもってみられてはいない。
 いま新京を遁走するという八月九日の夜、観象台の課長であった著者の良人が、責任感から、他の所員を引揚団の団長にして自分は一応残留したという事実に、読者は、そのときその人の妻が良人に向っていった言葉とは、ちがった行為の価値を見いだす。妻はおどろきと悲しみにとり乱して、良人が見栄とていさい[#「ていさい」に傍点]と優越感のために、ただ一つところで働いていたというだけの人々のために、自分の家族を見すてるつもりか、となじった。その感じかたのままで話せば、きょうこの著者は、ただ同じところにつとめているというだけの人々が住んでいる官舎で、住宅難も整理の不安もなく暮しているということにもなるだろう。そして、それは、妻にののしられたにかかわらず科学者として職務の責任感から残留もした良人によって保たれた地位が妻にもたらしている条件である。もしこの科学者、官吏が命を失っていたらどうであろう。その人の努力、妻たる人の奮闘がどのようであろうとも、三人の子供をつれた未亡人に、あてがわれる官舎はあるのだろうか。同じところにつとめていたというだけの人々――これはわたしたちに息をつめさせる言葉である。
「流れる星は生きている」のなかに、一度ならず二度ならずいまわしさをもって叫ばれているのは「日本人の利己主義」という言葉である。利己主義が日本人という民族の属性なのだろうか。そうは思えない。それが、生存する環境の悪条件に左右される自己防衛の牙《きば》であることは、著者そのひとが脱出の夜良人に向っていった言葉であきらかにされている。日夜顔をあわせている女同士で自分が八百円に売ってやった衣類の、二百円を天びきに相手にわたして、何も知らないその人が礼にとさしだす百円ももらい「三百円儲けた話」は、きょうの著者の心に、明るいエピソードだろうか。人間の心は、こういうときはこうもなるものです、と居直ってすむものならば、非人道的な捕虜虐待で日本の軍人が戦争犯罪に問われる道義的根拠は失われる。最近ヒットしたルポルタージュの選手三人の座談会で、著者は、いよいよとなったら身を売っても仕方がない、売るなら高く売ろうと思いましたと語っている。そこまでそういう言葉で語るひとが、宜川のソ同盟兵が人形の体に鉛筆でいたずらがきしたようなことを「けがされた人形」とある種の連想をともなう誇張した題でかいているのはどうしてだろう。その人形は宜川のソ同盟の屯所へ行って、にこにこ笑う兵士に地下室へ案内されて、そこからもらってきた布地でつくられた。その布を見た同室の人が、あら、いいわねえ、みんなで早速人形つくりをはじめましょう、といったとき、「みんなですって、この布は私達のものよ。皆で作りたかったら、自分で行って布を貰ってくればいいでしょう。この布はあげられませんよ」女主人公はそういった。その婦人は、いかにも口惜しいという顔をして、「利己主義ね!」という。「なんですって、利己主義はお互さまでしょう」その人は、冬、オンドルのある特別室にがんばって動かなかった人である。
「流れる星は生きている」は、一人の女性の生存力が、小さい子供の生きぬく力とともにこのように発揮され、このような方向に煉磨されなければならなかったことは、まったく軍国主義の犯した一つの犯罪であるという歴史の事実をわたしたちに告げる一つの物語である。著者にそれを自省する力がないならば、せめて読むものとしてわたしたちは、このように非人間で苛烈な生のたたかいが女性の上や子供の上に強いられる戦争そのものこそ絶滅されなければならないと抗議せずにいられない。
 東大協同組合出版部から、『きけわだつみのこえ』という戦没学生の手記を集めた本が発行された。戦没した学生たちは、帝国主義の侵略戦争がどんなに人類的な犯罪であるかということを、死の訴えとしてのこした。やがて屍《しかばね》となる自分の靴の底へかくした紙きれの文字によって。ポケットの手帖にかかれた瀕死の自画像によって。[#地付き]〔一九五一年三月〕



底本:「宮本百合子全集 第十三巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年11月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十一巻」河出書房
   1952(昭和27)年5月発行
初出:「婦人公論」
   1951(昭和26)年3月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年4月23日作成
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