性の眠られない夜々には、せめて本当のことでもわかったら、と愛するものを死なせた南の海、北の山へ馳せる思いがある。
 戦争にかりだされ、日本の帝国主義による戦争の実体に疑問を抱きながら、よぎなく侵略国の兵として他民族のけちらかされた生活のあいだにおかれてきた人々。戦争、軍隊生活そのものの野蛮さ、空虚さ、偽善に人間としての憤りを深くめざまされながら、それについては手紙に書くことも日記にかくことも許されなかった人々。天皇の名によって行われていたスパイと憲兵の絶対的な軍国主義権力が崩れて三年四年たってみると、情報局の報道と大本営発表でかためられた偽りの壁と封印の跡が、あたらしい回想と、そこに湧く批判の真実に消されはじめた。一九四五年の秋「君たちは話すことができる」という記念的な東宝のニュース映画がつくられて、感動をもって観られたころには、まだほぐれなかった唇が、やっと語られはじめたというところがあった。
 記録文学のあるものは、日本帝国主義軍隊の戦争、敗北、潰滅が、そのかげにかくしていたさまざまの歴史的事実を一般の人々の批判のあかるみにだし、侵略戦争の本質について考えさせ、まじめな役割を果した
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