の高まる様だったと思われて居た前の瞬間を不思議に思い浮べて居た。
 急に足元を浚われた様な皆は、始めの間こそ妙に擽ったい様な滑稽な気持になって居たけれ共、しばらくすると、自分達に加えられた無礼に対する反感がムラムラと湧き上って、前よりも一層引きしまった顔を並べて黙り返って居た。
 娘達は大嵐の起ろうとする前一刻の死んだ様な寂寞に身を置いて居る様な不気味さで互に袂のかげで手を堅く握り合ったり肩をぴったりすりよせたりして、何かたくらんで居るらしい若者の群を臆病に折々見合って居た。
 皆の心は怒で波立って居たけれ共、その時主人が最一度顔を出して何か一言、
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「失礼してすみませんでした。
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とでも云えば、
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「いいえ、何。
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と云う丈の余裕は有った。
 けれ共土間で声は聞えながら主人夫婦と客とはなかなか出て来なかったが、二階へ行くに通らなければならないので三人は一かたまりになって皆の座って居る傍を通った。
 白い洋服を着た男は主人を振り返りながら、
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「お集りですね、どうぞおかまいなく。
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と云うと主人は平手で人なみより大きい頭を叩きながら、
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「いや何でもない。
 介わんのさ。
 ま、二階で一杯やるのさ。
 貧亡[#「亡」に「(ママ)」の注記]して居ると酒で憂さ晴しだよ。
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と云って大声で笑いながらドヤドヤと皆なんか小蟻のかたまりとも思わない様子で行って仕舞った。
 若者の憤りは頂点に達して仕舞った。
 どっかの隅で誰かが、
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「何て云うこったい。
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と云ったのが導火線になって十二三人の口からは火の様な罵りが吹き出た。
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「一年もよく化の皮を被り終うせたな、爺い、
 到々尻尾を出しやがった。
「偽善者!
 打っちまえ、打っちまえ。
 何かまうもんか、彼那奴。
「貧亡[#「亡」に「(ママ)」の注記]すると酒でうさ晴しだとよ。
 俺達に、酒は神のいましめ給うた何とかだなんて云いながら、お前だけには許し給うたのかい。
 あんまり馬鹿にしてもらいますまいよ。
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 一人がドカドカと階子口に走けて行ったのにつれら
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