るで三春の馬車屋っても有りゃしない。
「何だね、そんな毒口を叩いて。
彼れだって主人格な男なんだよ、お前から見れば。
そんなにつけつけ云ってお呉れでないよ。
「有難い御主人さね、へっ。
[#ここで字下げ終わり]
恭は地面に叩きつける様に唾を吐いた。
[#ここから1字下げ]
「まあお前、今日はどうかして居るね。
「もうとっくに如何うか仕て居ますよ、
御陰様で。
ねえ、お内儀さん、
彼の重三って人を貴女は後とりに定めたんですか。
「そうさね、
定めずに連れて来る者は居ないじゃないか。
「へえ、そうですか。
あんな薄馬鹿にゆずるんですか。
そいじゃあ一体私はどうなるんです。
このまんま御払い箱はひどすぎますぜ。
[#ここで字下げ終わり]
お関は急に今までの恭の様子がすっかり飲み込めた。
[#ここから1字下げ]
「何だね、そいじゃあお前は此の家を望んで居たんだね。
「あたり前ですよ。
「そんな事って有りゃあ仕ない。
そりゃあ余りだよ。
第一そんな事が有っちゃあ御先祖にすまないじゃあないか。
「そいじゃあ何故貴女彼那事を仕たんですえ。
好きな時には勝手に慰んで居ようが、邪魔に成ったら早速お払い箱か。
そいじゃあすみますまいよ。
私もこんな事こそ仕て居るが男一匹です。だまって、はいそうですかと云えると思ってなさるんですかね。
年よりゃあ此れでも苦労人ですよ。
そんなお坊っちゃんじゃあ有りませんや。
[#ここで字下げ終わり]
お関は真青な顔をして下を向いて黙って居たが、いきなり頭を上げると噛み付く様に鋭い声で、
[#ここから1字下げ]
「お前、人を強請《ゆす》る気だね。
若しそんな事をすりゃあ、只じゃあ置かないよ。人を馬鹿にして。女だと思って馬鹿にするんだろうが、いくら女だって霊いが有るよ。
主人は主人さ、人面白くもない。
[#ここで字下げ終わり]
と傍に有った物尺を握って神経的に口元をビクビクと震わせた。
恭は皮肉に笑いながら、
[#ここから1字下げ]
「お内儀さん、
一寸の虫にも五分の魂ってね。
そう踏みつけてもらいますまい。
貴女の蒔きなすった種は貴女が刈りなさるのさ。
[#ここで字下げ終わり]
と云ってニヤニヤしながら又洗場の方へ行って仕舞った。
恭は愉快で有った。
重い鏝の火加減を見ながら口笛を吹いたり唄を唄ったりし
前へ
次へ
全84ページ中60ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング