任になりますので――」
何年もおなじ系統の職業に従事してきたことが、短く苅った頭にも、書類挾みをもった手首の表情にもあらわれている事務官が、黒い背広をきて、私たちの入ったとは反対側のドアから入ってきた。課長と大同小異の説明をした。もし、書くもののどういうところが困るとわかれば、それらについてうちあわせてもよいと、中野重治がいった。
「いや、別に、どういう箇所がいけないという具体的なものでもないんでしょうが……ともかく、もうすでに、ある方は手紙をよこされて、御自分の立場を弁明してこられています。――そういう方にたいしては、こちらでも、至急考慮いたしますが――……」
私たち二人の作家の訪問は、一回きりで、つぎに、保護観察所という、刑務所の出張所のような役所で、内務省の役人との懇談会があった。そのときも、作家の側からは、生活権のことが主張された。その点については、まだ当時の事情では内務省としても考慮しなければならないふうであった。丸一年半という重く苦しかった時を経て、私たちは、またそろそろ、作品発表ができるようになった。
この昭和十三年の禁止の時は、当時まだ幾分の抵抗力と生気とを保って
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