あった。
「じゃあ、ともかく稲子さんのところへ行ってみましょう」
「それがいいです、じゃ、いずれ――」
 わかれて、省線にのり、やはり「きんとん」の包みをかばいながら、高田馬場からなじみふかい小瀧橋への通りを歩きながら、なんともいえず奇妙な落つけない気分がした。生きている。歩いている。考えたり、感じたりしている。まざまざと、日々の現実が心にてりかえされてくる。だのにそれを表現してつたえてはいけないということは、永年ものを書いて生きてきた自分にとって、自分という存在が実体を失って影だけになって、動いているように信じがたく、変なのであった。
 稲子さんが、そのころ住んでいた家は、上り口のつきあたりが茶の間になっていた。
「こんにちは――」
といいながら、上って、茶の間に入ると、そこに稲子さんと窪川さんとがいた。ほかに、もう一人お客もあったように思う。
「執筆禁止だって――きいた?」
「ええ、さっき聞いたところ。ひどいねえ」
 そういう場合、そういう立場におかれた作家たちのいわずにいられないたくさんの感想を話しあった。
 正月になって幾日かして、近ごろ私が可哀想に思ってみたその写真がとられ、
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