子学生のアルバイトの問題。職業と家庭生活との矛盾の問題。最悪な人民経済の事情から女性は家庭からどしどしはたき出されているのに、生活を求めて女性がたたかってゆく社会では、昔ながらの封建性が克服されていないばかりか、数年前には知られなかった複雑微妙な堕落のモメントが、女性の一歩一歩に用意されてある。
戦争の時代にかかれた婦人についての評論や感想は、時間的にいって、自然きょうのそれらの諸現象にはふれていない。軍部の煽動にのって若い女性が、明日にかくされている生活の破滅に向ってヒロイズムでごまかされないように、戦争的美名にかくされた資本主義の搾取の現実を見とおすように、荒くれたかぶった世間の気風のうちに、ひとすじの人間らしさと、その発展のための努力を失うまいとしているけなげな女性たちの心の友であろうとして、この集におさめられている文章はかかれた。
そういう面からみれば、これらの文章は、きょうのものではない。けれども、わたしたちがきょうのこの紛糾した苦しい矛盾をしのいで、将来によりましな社会をうみ出してゆこうとする気力と行動とを失わないでいるのは、何の魔力によってだろう。苦しみながら、ときには涙も出ない思いをかみしめながら、それでもなおわたしたちの頸すじは明日の希望に向ってもたげられている。それは、決してわたしたち女性がおろかな生物だからではない。生の根源というものは、どんな歴史の現実に深く根をおろしているものであるかということの証拠であると思う。小船は、一つ一つの波にはゆられているが大局からみればちゃんと一定の方向で波全体を漕ぎわけてゆく。そのようにわたしたちは、起伏する社会現象をはげしく身にうけながら、そこからさまざまの感想と批判と疑問とをとり出しつつ、人間らしい人生を求める航路そのものを放棄してはいない。昔の女性が世間智でとりあつめた常識は、すでにやぶれた。身のまわりに渦巻く現象が新しい要素を加えてめまぐるしくなればなるほど、わたしたちは、そのめまい[#「めまい」に傍点]を起させるような現象の底にある社会的動力をつかんで全体を理解しようと欲するし、その動力の本質を、よりよいものへ、より人間らしい方向へ働き得るものに発展させ改変させようと欲している。現代のすべての女性はおそろしく高価な教訓によって、一身の幸福といい不幸ということが、社会事情との連関なしに語れないという
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