自分の色どりで損わないための努力で、それらの密林は密林のままにしているし、或るところどころで控えめに試みている註解の文章では、ビリューコフという人にそこまでを望むのは無理であるということもわかって来る。セヴァストーポリからかえった時代のトルストイは、ジョルジュ・サンドが大きらいで、彼女の作品をひとがほめるのさえ我慢出来ながっていたことがこの第一巻に記されている。
 ところが一方でトルストイは、女性が只雌であってはならないということをあれほど熱心にその頃の愛人ワレーリヤ・アルセーネワにも書き送っている。そういうトルストイが何故ジョルジュ・サンドは嫌いだったのであろう。トルストイが雌でない女性として描いていたものと、女性であるサンドが雌でない女性として自分たちにかけた望みとの間に、どんな相異があったのだろうか。この点はトルストイの芸術の世界の一面を理解するためにも興味がある。
 トルストイ自身一九一〇年頃には、その文学的考察の一つに、婦人作家の作品がその真情によって示している文学上の価値を評価して日記に書いている。この三点は、トルストイの内的発展の過程でどういう繋《つな》がりをもったのだろうか。
 例えば、こんな点についてもビリューコフは、ただ「アンナ・カレーニナの中に現れた婦人及び婦人問題に対する独自の見解が芽ぐみはじめた」とだけ云っているのである。
 かりにこういう一つの問題について、今日の歴史の感覚で私たちがトルストイを再び読みかえそうとするとき、広汎詳細な資料でその観察を扶け、裏づけてくれるのは、やはりほかならぬこのビリューコフの『トルストーイ伝』であろう。そういう関係におかれてこの伝記は不朽の価値をもつのである。[#地付き]〔一九四一年五月〕



底本:「宮本百合子全集 第十二巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年4月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
親本:「宮本百合子全集 第八巻」河出書房
   1952(昭和27)年10月発行
初出:「都新聞」
   1941(昭和16)年5月5日号
入力:柴田卓治
校正:松永正敏
2003年2月13日作成
青空文庫作成ファイル:
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