がれたので三人の人達は一つ所にあつまって仏前に花や香をそなえあかりをほそほそあげながら念仏して居た所に閉じ塞いだ柴のあみ戸をホトホトとたたく音がした。三人の人達は念仏をやめて「これはきっと私達のような無智文盲な物の念仏して居るのをじゃましようと云って魔の来たのにちがいない。しかしもしもそんならばあんな竹のあみどをおしあけて入る事はぞうさないでしょうに、早くあけよう、助とたのみにするのは仏一つ、たとえ命をとられるとも、この頃たのみ奉る念仏をして心しておこたってはいけませんよ」と云って三人は手をとりあって閉めきった竹の編戸を思いきってあけると魔なんかではなく思いがけない仏御前が出て来た。義王は走り出て仏の袂にとりついて「こんな所でお目にかかるのはほんとうに夢の様でございます事、昼でさえも人のまれな山里へ今|何《ど》うして来らっしゃったのでございますか」と云ったらば仏御前「今更、あの時の事を云えば新しい事の様ですけれ共又、申さなければ考えて居ない様ですから申しますよ。元から私は推参のもので望のない仰をこうぶって遠く出たのを貴女の御口の御かげで召されたとは云え、すぐに貴女の御ひまをお出されになった事をうかがって一寸も人の事とは思われずいつか又自分の身の上もこうでしょうと思ったのにまして障子に書いておおきになった『いづれか秋に会はではつべき』と云うのもうなずかれましたが又いつだったか貴女の呼ばれて今様をおうたいになった時坐敷さえさげられた事が心苦しくてもうもう口で云われないほどでございました。あれからあとはどこに居らっしゃるともききませんでしたが上のごろここに居らっしゃると云う事を聞き出して、今の御身がうらやましくて、どうか御暇を下さいませ下さいませと申しても一寸も御許し下さいませんの。どうしようかとよくよく考えて見れば此の世での栄花は夢の又夢のようなはかないもの、たのしんだり栄えたりしても何になりましょう。一度死んだ人の身は又と再びうけにくいもので又仏教に入るにも一度入りそこなえば又入るじきがない、ホッと吐き出た息のまだ入らない内、パッと云う間に死んでしまうのは、かげろうや稲妻なんかよりもはかないものだと思うとどうしても心がとまらないのでどうしようと思って居ると今日の昼頃に思いがけないよい時があったので逃げ出してこのようになってまいりましたんですよ」とかついで居る衣をどけた
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