ている、と。あり来りの日本の半封建な人情と、階級的責任やプロレタリアートの鉄の規律とその義務とかいうものが相剋して、そこに悲痛感を味っている、ふるくさい。そういう意味の批評だった。如是閑のその批評はわたしはじめ多くの作家が反駁した。日本の残虐な治安維持法だの封建的な家族制度――裁判所と警察がまっさきになって、封建的な家族制度のしがらみによって思想犯を苦しめつづけている、その日本社会の現実をみないで、ただふるくさい、さわり[#「さわり」に傍点]だということは、日本の人民はどんな日常のくるしみをもって解放のためにたたかわなければならないかという事実を過小評価するものだ、というのが、当時のわたしたちの論点であった。
 如是閑の批評がそのように反駁されたことは正しかったけれども、それならばプロレタリア文学は、その作品の現実で、どこまで日本の独特な家族制度――思想問題では天皇制権力と直結する家族制度とそれによって苦しむ進歩的人間のたたかいを描き出したと云えるだろうか。日本の半封建的義理人情は、どのように歴史のなかで、より人間性の積極な表現に向って揚棄されつつあるか、その現実の過程――「新しい人間」の成長のあとづけは、日本の歴史に典型的な絶対主義と軍国主義への人間的抗議を通じてこれもやはり社会主義リアリズムの課題である。
 一九三三年に小林多喜二の「党生活者」がかかれて、新しい人間のある像がうちたてられたが、感情の問題などについては、未だ十分追究されつくしていな{い}部分があった。片岡鉄兵の「愛情の問題」における誤りはただされていず、野上彌生子の「真知子」の中のマルクシスト学生の婦人への態度は、あれがよくない面での代表者であることさえ明瞭にされていない。佐多いね子の「くれない」でさえも、語りのこされている部分、或は、作者の現実への譲歩が感じとれる。わたしたちには、人間性の拡大と高まりの問題として、より人間らしい人間関係へすすみゆく一つの道としての恋愛・結婚・家庭の課題がある。そして、その現実は、片岡鉄兵の「愛情の問題」にその反映を示したコロンタイ時代からはるかに前進して居り、同時にブルジョア恋愛小説のテーマと全くちがう社会歴史のテーマに沿って愛の物語が進行しつつある。それも、まだ書きつくされてはいない。
 わたしたち各国の民主的な人民生活は、こんにち世界人民としての連帯感と互のはげまし、互の共感を、最も新しい生活感情の一つとしている。わたしたちの生活の中で、中国人民の人民的成果は羽ばたたいているのだし、ヴェトナムや朝鮮の人々の勇気は、その脈動をつたえている。わたしたちの文学は、当然、異国趣味でない国際的関係とその感情、世界史の積極的発現への評価をふくむはずである。地球上にはじめてあらわれてその建設にいそしんでいるソヴェト同盟の社会生活について、従来の市民《ブルジョア》文学でさえも、もし文学の本質が、ギリシア神話のプロメシウスの伝説を愛して、敢て試みる人間精神の積極性に敬意をはらうならば、最も興味ある注目をむけるはずである。だけれども、日本の文学の中には、僅かの見聞記があっただけで、小説として、一個の人間性の変革に作用してゆく関係において描かれた社会主義社会の描写はなかった。(こんにちではソヴェトからの帰還者のうちから、楽団を組織する人々があらわれ、捕虜生活という不自然な条件を通じてさえもなお社会主義社会のプラスを理解し、身につけて来た人々が日本の中にふえたが。)しかし、なお、帝国主義国家のソヴェト同盟の存在に対する誹謗と誇大な妄想めいたデマゴギーとが氾濫している現代では、ソヴェト同盟の社会が、矛盾や不十分さをもつとは云え、大局においてその生産方法において、国際外交において人類の発展的方向をめざしていることが語られることは、人民の善意が国際的になっているこんにちの現実の性格から自然である。
 これらのすべての点をひっくるめて、わたしたちは、新しく成長しつつある人間像を再現しようとしている。ひとことに云ってみると、それは、資本主義社会の現実によってこの二世紀ばかりの間にその外部的・内部的生存をきりこまざかれてしまった人間性《ヒュマニティー》を、二十世紀の後半において、新しい社会的人間統一に復活させようと熱望して、そのような意志と理性をもってきょうの歴史の現実の中に精力的にたたかい生きつつある人間像を、描きたいとねがうのである。
 戦争の年々、日本の人民生活の荒廃の中で、せめても人間性を守り、それを失うまいとする願いは、切実であった。軍協力の文学ではなくて、人間理性をみとめ、条理を理解し、人間心情に立つ文学の可能を防衛しようとする意嚮も、真実だった。しかし、第二次大戦を通じて、世界の人間性《ヒュマニティー》は、過去の歴史のいつのときよりもヒュマ
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