うが、いつの間にか忘れてしまった。永い間ズーッと忘れていた。いつだったか近頃になってそのことを思い出した。
その時分、若く元気で、唱歌をうたいながら洗濯なんかしていた母親は、白髪《しらが》になっている。自分がその桃色の布でとじたものの話をし、
「どこへしまったの?」
ときいたら、
「ホントにねえ、そう云われると、そんなこともあったような気がするね」
と、茫漠とした顔附になった。
「どこにかあるだろうよ、おおかた……」
母親も忘れていたのだ。
もう出て来ることなんぞないだろう。
だが、自分の心の中に鮮かに、あのケシの花の表紙と桃色の切れっぱしの恰好がのこっている。
それでいて、なかみはまるで思い出せないのだ。
[#地付き]〔一九三一年九月〕
底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
1953(昭和28)年1月発行
初出:「若草」
1931(昭和6)年9月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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