「健やかさ」とは
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)竦然《しょうぜん》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九四一年四月〕
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 二月十一日の祭日に、日劇のまわりで演じられた数万の群集の大混乱が、何か一つの事件めいた感銘を一般に与えて、あの事から様々の反響――手近に云えばこれまでパン屋のよこにつくられた列もいけないことになったというような影響を示しているのは、何故だろう。
 消防自動車が出てもその場を去らず、やがて百名の警官が出動して、丸の内署長がバルコニーから演説して、やっと群集が散った後には、主を失った履ものだの、女の赤いショールだのが算を乱していたという記事は、その場に居合わせなかった私たちにも、竦然《しょうぜん》とした感じで生々しい。
 私たち誰でもが昨今のひどい人出の混雑ぶりを知っている。その混雑の荒っぽさというものをもつくづく身にしみて感じている。この広い東京の、これだけの人数の中で、僅か数万の男女が、或る日日劇のまわりをとりまいて犇き合ったというだけのことなら、それはその日のそのことだ
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