まだ足りない。工場によっては苦しまぎれに、賃銀をよくして労働者を集めようとする。そこで、一九三〇年の冬に大清算された「飛びや」が現れた。つまり、五十|哥《カペイカ》でも多い方へ多い方へと、工場から工場へと飛びうつってゆく飛びや[#「飛びや」に傍点]労働者だ。
 短篇小説は、職場の意識の低い男が飛びや[#「飛びや」に傍点]になりかける。それを、若い共産党青年《コムソモール》の仲間が改心させるという主題を扱ってる。
「ふーむ。主題はいいね!」
 タラソフ・ロディオーノフは、さっき文学衝撃隊組織について論じてたときよりはグッとくだけて、親しみ深い同輩の口調で云った。
「われわれの日常の中からとられている、これは健康な徴候だ。――君のこの前の作品、あのホラ、染めた髪の女が出て来る――少くともあれとは比較にならないね」
 みんなドッと笑った。云われた当人は、少し顔を赤らめながら、やっぱり大笑いした。
「だが、材料はまだ整理が足りない。ゴチャゴチャしている。いらないところをどうすてるかということは――君、ジャック・ロンドンを読んだかい?」
「読みません」
「ぜひ読んで勉強したまえ! われわれは、われわれの前にいい仕事をして行った者の技術は一遍検査しておく必要があるよ」
 手をあげて、一人の青年労働者が、その短篇の批評を追加した。「ハッキリ今憶えてないが、言葉が少し労働者らしくないと思うんだ。例えば、そん中で、マクシムが、俺はあっちの工場へ行くかもしれねえって云った時、ワーリャが訊く。何故だ? するとマクシムは、あっちの方が得だ、って返事してる。労働者の、ましてマクシムのような男は、そうは云わないんだ。『あっちは三十五哥多い』そういうんだ」
 赤い襟飾を結んだ年上のピオニェールが、椅子なしで、卓上へ肱をつき、日やけのした脚を蚊トンボみたいに曲げて熱心に一人一人の話し手の顔を見つめながら聞いてる。
 今、詩が朗読されはじめた。
「俺は、今日はじめてこの研究会へ出たんだが……」
 そう云ってその黒い捲毛の青年労働者が手の中に円めている紙をひねくったら、タラソフ・ロディオーノフが
「いよいよ結構じゃないか! さあ、聴こう!」と陽気に鼓舞した。
 それで、読みはじめた。
 羽目へもたれて床《ゆか》に坐ってる連中も、膝を抱え森として聞いている。
 工場の内庭に面した方の窓全体に、強いアーク燈の光がさしている。時々起重機の巨大な黒い影が、重くゆっくり窓の外を横切った。[#地から1字上げ]〔一九三一年五月〕



底本:「宮本百合子全集 第三十巻」新日本出版社
   1986(昭和61)年3月20日初版発行
初出:「新潮」
   1931(昭和6)年5月号
※底本は表題の「文学研究会」に「リト・クルジョーク」とルビを付しています。
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2007年8月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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