の心は不満を感ずるなり。さらば余は彼女を恋せるなるか。叱! 神よ、日記は爾が余に与へ給へる懺悔録なり。余はこの紙に対して余の感情をいつはり記すこと能はず。故に余敢ていつはらずして此事を記しぬ。嗚呼。神如何なれば人の子を試み給ふや。如何なれば血熱し易き余を捕へ給ひて苦き盃を与へ給ひしや。如何なれば常に御前に跪き祈りし夫れを顧み給はざるや。余の祭壇には多くの捧物なせる中に最大の一なりし余が laura を捧げたる夫れなりき。而して余は神の供物を再び余のものたらしめんとするなり。汚涜の罪何をもつてかそゝがれんや。ヒソプも亦能はざるなり。苦痛、苦痛、苦痛。神よ、願くば再び彼女と相遭ふを許し給はざれ。願くば余の心に彼女を忘れしめ給へ。彼女の心に余を忘れしめ給へ。彼女に祝福あれ。彼女によき夫あれ。彼女によき子女あれ。而して彼女の天使の如き純潔何時までも地の栄たれ光たれ。直かれ。優しかれ。美しかれ。神よ、余の弱きを支へ給へ。余をして汝の卑きながら忠実なる僕たらしめ給へ。若輩は徒事に趨るもの多し。願くば余を其道より引き戻し給へ。余は彼女を恋せず。彼女は依然として余の愛らしき妹なり。愚者よ何の涙ぞ。」(
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