った。
 彼等は前にも一度、偶然落ち合ったことがあった。その時ドミトリーは云った。お前と暮していた方が楽だったよと。グラフィーラは、ひどく驚いた。が、二人で暫く話して見てもっとびっくりしたのはドミトリーだった。彼の知っていた筈のグラフィーラはどこへ行った? おじおじした狭い暗い女の代りに、彼の前に立っているのは、経験によって育った、活々した一人の独立した婦人労働者だ。その時、グラフィーラは云った。
「時間を与えとくれ、ミーチュシカ、私たちはお前さんのインガのようじゃない、もっとよくなるよ。少しずつ、少しずつ、ものになって行くのさ。私たちの骨はあのひとよか太いんだから、もっと強くなるさ。」
 ニコニコして、グラフィーラはそう云った!

「総てを元どおりにしよう!」
 インガとの生活に失敗したことを感じているドミトリーは、とびつくように、また出会ったグラフィーラに向って云った。
「ワーリカとあんたとは俺にとってたった一つの、ほんものの血縁だ。」
 初めてあなたと呼ばれたグラフィーラは、抑えきれない亢奮で頬っぺたを赤くしたが、答えはドミトリーが期待したものとは違った。しずかに彼女は云った。
「――元みたいには、ミーチャ、もうなれないよ。……ミーチャ。私はワーリャに父さんを持たしてやりたい。そりゃお前さんに真直ぐ云うよ。……だがあれもいい子になって来た。」
 輝いた、たのしそうな微笑がグラフィーラの口元に漂った。
「――そして私も独りもんじゃ暮したくない。でもね、ミーチャ、私は馬鹿で、あんたには追いつかないけれど、でもそんな風に暮しをごちゃごちゃにこわしたくない。
 ありどおりお前さんに云うよ、ね、私は先のような私じゃないんです。元は、ほんとにあんたといることばっかり考えてた。そのためにばっかり生きて、ごたごた仕事に追い立てられていた。ところが今ではこういうようになって来た。……私と暮す――それもいい。私と暮さない……それがどう? 私には自分の道がある。すべて元通りに? いいえ、タワーリシチ、ミートシカ! 川は逆に流れない、私は元の私にはなれないんです。」

 この前、インガとドミトリーとグラフィーラの三人が落ち合ったとき、グラフィーラが、今日はと云ってインガに手をさし出した。そうしたら、インガは、ここでは握手しないことになってますからと云って断った。
 今、話してるグラフ
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