ラジオ聴取者の数は放送開始の大正十四年三月の五千四百三十四名から、昭和二年五十万を突破、昭和七年百万。それから「所謂ラジオの黄金時代を現出して」昭和八年には百五十万を超え、十年二百万。十一年二百七十七万余という勢での増加である。略《ほぼ》五軒に一軒の割合になることを統計は示している。今日は首相である近衛文麿公を会長として、全国的統一組織の下に逓信省所轄の中央放送協会は「ラジオの加入状況益々好調」とこの事実を慶賀している。その原因として、放送網の拡充、社会情勢に伴うニュース価値、器具の改良、維持費の低廉化等が作用していると共に、軍需景気、米穀、繭の高価等による農村経済事情の良好化があげられている。
これらのことももとより原因のいくつかをなしているであろうが、現実の事情はこういう文化の積極面からだけ、ラジオの聴取者を増大させているであろうか。私は、極めて平凡な日常の常識から、ラジオ聴取者増大の傾向を、もうすこし深く具体的に観察して見たいと思うのである。
先ず、中央放送局の昭和十一年度の職業別統計によると、新たな加入者の筆頭を占めるのは商業であり、
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商業 三七%六
公務 ┐
├ 三〇%
自由業┘
無業 八%二
農業 一二%二
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という順になっている。同じ時の統計で、廃止したものの職業別で見ると、
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商業 三七%四
公務 ┐
├ 三〇%九
自由業┘
無業 一〇%八
農業 九%九
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つまり、同職業の家庭を比べて見ると、真の増加率はそう大して多くないし、或る部分でははっきり減って来ている。
商業に従う者で〇%二増大していること、恐らく恩給や利潤による生活者であろう無業が二%六減を示していること等は、或る意味で跛行景気を反映し、更に雄弁に昨今の物価騰貴が、無職生活者を脅している有様があらわれているのである。
放送局の編輯局は、主として農村好況が農業に従う人々の間にラジオを増大させていると見ているらしいけれども、この間には非常に複雑な事情があるのではないだろうか。ひろく知られているとおり、今日の農村の少し進歩的なところは、窮乏からの脱出方法として、多角形農業経営に移って来ている。果物、野菜、米
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