というのは、三人にとって何たる不仕合わせであったろう。一年の先生が日頃の親友に向って、無いんですって、と云ったそのうどんであったというのは互にとって何たるばつのわるいことであったろう。きっと、無いんですって、とさえ云ったのでなかったら、先生が生徒の親の店へ物の融通を云いつけるのはその社会で例のないことではないのだろうから、何も愧しい思いはないのだろうが、無いと云ったそのものが在る、しかもどっさり在るということは如何にも具合がわるかった。下級の先生は、むっつり顔で何か云いわけしながら五束、五年の先生にうどんをわけた。唱歌の先生へは、家を持っていないのだからと云って一束もわけなかった。
 二人の先生はおすそわけにあずかったうどんを風呂敷につつんで往来へ出たが、下級の先生のやりかたに向う感情はおのずから等しくて、そこには一種の公憤めいたものもあり、傷けられた友情の痛みもあるというわけであった。
 下級の先生の良人が折からその場にいあわせて、おそらく妻君のばつのよくない仕儀について何も知らなかったのだろう、しきりに唱歌の先生へもわけてお上げよと云うのに、この人はいいのよ、とがんばったというのも面白い。唱歌の先生は世帯持ちでないというばかりでなくその乾物屋の娘の担任ではないのだからというのも、理由の一つであったのだろう。
 日本には「うどん屋」という落語がある。
 仕事の下手なものを云う表現に「うどんくい」というのがあると、新村出氏の辞苑に出ていた。
[#地付き]〔一九四一年五月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「オール女性」
   1941(昭和16)年5月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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