しも傷がない。これで話の概略は終ったわけだが、何か君の気付いた点をいってもらえれば大変有難いのだが―」
 ホームズが独特の明快さで語る一語一語を、私は異常な熱心さで傾聴した。その事実の大部分は既に私の承知していることであったが、どれが重大であるのか、またどれがどこへ関係を持つのかよくは分らなかった。
「ストレーカの傷は、頭をやられて痙攣的に藻掻いている中《うち》に、自分のナイフでやったんじゃないだろうか?」
 私は一説をいってみた。
「有り得ないことではないね。あるいはそんなことかもしれぬ。そうだとすれば、シムソンに有利な材料が一つだけなくなるわけだ」
「それにしても、警察ではどんな見込を立てているか、今からだけれどどうも分りかねるね」
「警察の見込なんかどうせ我々の考えることとは大《おおい》に違うにきまってるんだよ。それはおそらくこうだと思う。フィッロイ・シムソンは厩番を薬で眠らせ、どうかして合鍵を手に入れて、誘拐し去る目的で馬をつれ出した。手綱の見えなくなっているのは、シムソンが使ったからだ。厩舎の戸を開け放しにしたままシムソンは荒地《あれち》の方へ馬をつれ出していったが、その途中で調馬師に出会ったか、または追いつかれた。そこですぐ争いになり、シムソンは太いステッキでストレーカの頭を叩き潰したが、小さなナイフを持って立向って来たストレーカからは、擦傷一つ受けなかった。馬はシムソンが首尾よく秘密の隠し場所へかくしてしまったか、さもなくば二人の男の闘争中勝手に逸走したまま、いまなお荒地のどこかをうろついてるのかもしれない――警察の考え方はおそらくこんなことだろう。これでは一向得心のゆく解釈とはいえないが、といって外の解釈はこれよりまだまだ信じられない。とにかく、現場へ着いたらすぐに調べてみることにしようが、それまでのところはまずこれ以上どう考えてみようもない」
 タヴィストックの小さな市《まち》へ着いたのはもう夕方であった。タヴィストックはまるで楯の中央の突起のように、ダートムアの荒漠たる土地の中央にぽつんと存在する小さな市《まち》である。着いてみると、二人の紳士が停車場まで迎えに来ていた。一人は背の高い色の白い人で、獅子のような頭髪と顎髭とを持ち、明るい青色の眼には妙に射るような光があった。もう一人は小柄できびきびした人で、フロックにゲートルというきちんとした身装
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