いと思っているのですが、無論なんですよ、人間は最初に初めた事をやり通すべきなんですがね。――しかし、こんなことをしゃべっている時じゃありませんね、シャーロック・ホームズさん。――実はこうなんです。最近、私のブルック街の家に、実に奇妙な事件が持ち上ってるんです。で、今夜はとうとう、明日《みょうにち》まで待つことが出来ずに、あなたのお力を拝借にやって来たわけなんです」
 シャーロック・ホームズは腰をおろして、パイプに火をつけた。
「本当によくいらしって下さいました」
 彼は云った。
「どうか、あなたをなやましていると云うその事件を、こまかく詳しくお話しになって下さいませんか」
「その一つ二つは実際つまらない事なんです」
 トレベリアン医師は云った。
「実際それをお話するのはお恥ずかしいくらいなんです。しかし事件は実に合点がいかないばかりか、最近、あなたがたにお話ししなければならなくなったほど、こみ入って来たのです。――どうか、私がお話する所から、肝要な箇所とそうでない箇所とを御判断なすって下さい。
 最初に、どうしても順序として、私の学生時代のことからお話しなければなりません。御承知のように私はロンドン大学の卒業生なんです。実は、自分で自分のことをほめてお話しするのは変なものなんですが、私は学生時代、大学の教授達から前途を大いに嘱目されていたのでした。だものですから、私は卒業してからも、キング・コレッジ病院に職を奉じながら、自分の研究に没頭することをつづけておりました。私は幸福にも、顛癇病の病理学を研究する事に、異常な興味と昂奮とを持っていたのです。そしてただいまあなたのお友達が私をおからかいになった例の神経傷害に関しての論文によって、ブルース・ピンカートン賞と賞盃とをかち得ることが出来ました。――けれども私は、よしその時、そんなに素晴らしい前途が目の前に開《ひ》らけていても、私はそれからさきにすすむべきではなかったのです。
 と云うのは、私の大望をとげるには、一つの大きな障害を乗り越えなければならないのでした。こう申せばあなたにはもう既に了解していただけたことと思いますが、偉くなろうと云う、高い望みを持っている専門医は、カベンディッシ・スクエア区のうちの十二街のどれか一つに開業しなければなりませんでした。ところがそこに開業するには、素晴らしく高い家賃の家を借り、家の中
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