の上に更に不思議なことには、その間には彼が遁《に》げこむような、横道は決して無いのでございます」
ホームズは喜色を漏らして、彼の手をさすった。
「この事件はなかなか特色がある」
彼は云った。
「あなたが道の曲り角をまがってから、道路の上に誰も居なくなったのを見たのは、どのくらいの時間がたってからでした?」
「まあ、せいぜい二分か三分だと思いましたが、――」
「それではその者は、道を真直ぐに遁げ帰ったはずはないが、――またそこには全く、横道もないと云うのですな?」
「ございません」
「それではその者は、どっちかの側に、遁げこんだのでしょう、――」
「もしそうだとすれば、それは荒地の方なはずはありません。もしそうでしたら、私から見えたはずでしたから、――」
「それでは我々は結局、その者はチァーリントン廃院の中に遁げこんだに相違ないと、考えることが出来ますな。いや私も知っていますが、あのチァーリントンの廃院は、すぐ道路の側《そば》になっていますからね。その外に何かありましたか?」
「ホームズ先生、もうそれだけでございますが、どうも私は先生にお目にかかって、いろいろと伺わない中《うち》は安心が出来ませんので、――」
ホームズはしばらくの間はただじっと黙していた。
「あなたの御婚約の方は、どちらに居らっしゃるのですか?」
彼はようやく口を開いた。
「コヴェントリーの、ミドランド電気会社に居りますの」
「不意にあなたを訪問して来るようなことは、ありませんでしたか?」
「あら、ホームズ先生、それでは私がまるであの人を知らないようではございませんの?」
「その他にまだあなたを好きな人がありましたか?」
「シイリールを知る前に、少しございましたわ」
「その後には?」
「その後でしたら、あの怖ろしいウードレーでございます。まあもしあの男もそうだとお思いになるならでございますが、――」
「その他にはありませんか、――その他には?」
この美しい若い依頼者は、ちょっと困った形であった。
「いや、それではあの人はどんな人ですかね?」
ホームズは訊ねた。
「ああ、――でもこれはただ私だけの想像なんでございますけれど、私にはあの主人のカラザースさんは、とても興味を持っていると思われることが時々ございましたわ。私たちは、全く開けっ放しで、夜は私はあの方の伴奏を弾きました。もちろんしかし彼はいつも、何にも云いませんでした。彼はたしかに立派な紳士ですがしかし、女の心と云うものは、いつもよく解っているものでございます」
「ははあ!」
ホームズは真面目な表情をした。
「生計の方はどうして立てているのですか?」
「あの人はお金持ちですもの」
「馬車や馬は持っていませんか?」
「ええ、しかし何しろとてもいい生活でございますよ。あの方は毎週二三度はロンドンに出ますが、何でも南アフリカの採金地の株に、非常に興味を持っているようでございますわ」
「それではスミスさん、いずれこの上にも変ったことがありましたら、また入らして下さい。私は実は今は非常に忙《せ》わしいのですが、しかしいずれその中《うち》にあなたの御依頼のことにも、研究を進めてみましょう。しかしこの間に、私に断りなしに、事を進めてはいけませんぞ。ではさようなら、――あなたから吉報が来るようにいのっていますよ」
「あんな美しい娘さんを追いまわすと云うことは、あまりに自然の命ずるままのいたずらだ」
ホームズは彼の静思の時の、パイプを取り上げながら云った。
「寂しい田舎道までを、自転車などに乗って歩かなければいいものをね。まあいずれ誰か、人知れず懸想している者も、あるには相違ないが、しかしこの事件には、ちょっと奇妙な、暗示的な変な性質が潜んでいるように思われるよ、ワトソン君、――」
「と云うのは、その者は同一の場所にだけ現われると云うためにかね?」
「そうだ。我々はまず、チァーリントンの廃院に、どんな者が住み込んでいるか、それを探り出さなければならない。それからカラザースとウードレーの関係を調べてみなければならない。この二人はどうもとても性質が相背馳《あいはいち》しているようだからね。それからこの二人がどうして、ラルフ・スミスの親類に、熱心に注目するようになったか? それから更にもう一つは、女家庭教師に普通の二倍もの給料を払いながら、停車場まで六|哩《まいる》もあると云うのに、馬一頭飼ってないと云うのは、一たいどう云う家政なのだろうね? ワトソン君、これはおかしいよ。これはどうしたっておかしいよ」
「君はしかし出かけるだろう?」
「いや相棒君、君が出かけてみてくれたまえ。これは案外つまらないものかもしれないし、僕はこのために、他の重大なものを、中絶させることは出来ないのだ。月曜日に早く、ファーナムに行って、チァ
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