兇器を使用するに相違ないと、――それで僕は窓に、鮮かな目標を示してやったのだ。そしてしかも一方警官たちにもいずれ通諜しておいた。話の序《ついで》だがワトソン君、――君もあの場で感づいたに相違ないが、警官はいささかの猶予もなく、やって来たろう。僕は実は、観察に最も都合のよい場所をと思って、あそこを選んだのであったが、何ぞ図らん、彼の仕事場とかち合ってしまったのだ。さてわが親愛なワトソン君、まだ何かこの上にも説明しなければならないことがあるかね?」
「そりゃある、――」
私は更に彼の説明を求めた。
「君はまだ、モラン大佐が、どうしてロナルド・アデイア氏を殺害したかと云う動機については、一言も触れないではないか」
「ああそうか、しかしワトソン君、これから先はもうどんなに理論的な推理でも、結局は臆測と云わなければならない世界になるんだがね。まあ双方で、解っているだけのことを基本として、仮説を立ててみよう。そしてお互に訂正し合おうじゃないかね」
「君にはもう出来ているだろう?」
「うむ。いやまあ、事実を想定することも、そう至難なことでもないと思うがね。第一、モラン大佐とアデイア青年とは、その仲間の間で、かなりの金を勝ったと云うことは、もう明かになっているのだ。そこで僕が考えるには、モラン大佐はもちろん不正をやっていたに相違なかったのだ。この事は僕は以前から、気がついていたことであった。それでこのアデイア青年殺害の日は、モラン大佐はアデイア青年に、その不正行為を看破されたに相違ない。そこで実によく想像されることは、アデイア青年は、そーっとモラン大佐に、早速倶楽部員たることを辞し、併せて今後は一切骨牌を手にしないと云うことを条件とし、もしこれを容れない場合は、その不正事実を暴露すると嚇したに相違ないことだ。何しろアデイア青年のような若い者に、その親しく知っている、しかもごく年長の者を、現《あらわ》に誹謗すると云うことは考えられないことだからね。まあおそらくはこの想定は大差無いと思う。しかし倶楽部からの除名と云うことは、その骨牌の不正利得で生活しているモラン大佐にとっては、まさしく身の破滅である。そこでモラン大佐は、アデイア青年が、相手の不正行為のために、誤魔化された利得の計算を、正しく計算し直している時に、殺害してしまったのである。アデイア青年がドアに鍵をかけたのは、夫人たちが闖入して来ないように、――なお更に、自分が書きつけている人々の名前や、貨幣などについて、五月蝿《うるさ》い追求を避けるためであったと思う。以て如件《くだんのごとし》なんだが、さてこれで級第かね?」
「ふむ、なるほど、そう云われれば、ずいぶんよく筋道が立っているね」
「まあこうしたことは、審理によって、いよいよ確証され、あるいは覆されよう。まあとにかくかくして、モラン大佐はもう、吾々の煩累となることはなくなったし、あのフォン・ヘルダー[#「ヘルダー」は底本では「ヘルダン」]の有名な空気銃は、警視庁の陳列館の、珍品として並べられよう。そしてこのシャーロック・ホームズ先生はまた、ロンドンの複雑した生活の齎《もたら》す幾多の興味ある問題の検討に、思うままに生涯を捧げることが出来ることになったと云うわけだ」
底本:「世界探偵小説全集 第四卷 シヤーロツク・ホームズの歸還」平凡社
1929(昭和4)年10月5日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「貴方・貴女→あなた 凡ゆる→あらゆる 或る→ある 或→あるい 如何→いか・いかが 些少か→いささか 何れ→いずれ 何時→いつ 愈よ→いよいよ 所謂→いわゆる 於て→おいて 臆らく→おそらく 却って→かえって 且つ→かつ 曾て・曾つて・嘗つて→かつて 可成り→かなり 彼の→かの かも知れ→かもしれ 屹度→きっと 位→くらい 極く→ごく 併し→しかし 而も→しかも 然らば→しからば 屡々→しばしば 随分→ずいぶん 直・直ぐ→すぐ 即ち→すなわち 凡て→すべて 折角→せっかく 其の→その 多寡が→たかが 多分→たぶん 一寸→ちょっと て居→てい で居→でい て置→てお て居→てお て見→てみ で見→でみ て貰→てもら 何処→どこ 何方→どちら 猶→なお 仲々→なかなか 成る程→なるほど 筈→はず 甚だ→はなはだ 程→ほど 殆んど→ほとんど 先ず→まず 益々→ますます 亦→また 迄→まで 寧ろ→むしろ 若し→もし 勿論→もちろん 以て→もって 尤も→もっとも 矢張り→やはり 漸→ようやく 妾→わたし」
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(句点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※底本は総ルビ
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