映していたに相違なかった。
「ハドソン夫人、僕はあなたの最善の注意を、念願していましたよ」
ホームズは夫人に云った。
「わたしはあなたから云われた通り、膝で歩いてやりましたわ」
「上出来です。あなたは実によくやって下さいました。あなたは弾丸がどこに飛んだか、御覧になりましたか?」
「え、見ましたわ。弾丸はあなたの美しい半身像を、痛ましく損ねたようでございますよ。弾丸は右から頭部を貫通して、後の壁に当って、平べったくなりましたの。わたしはそれを床敷《カーペット》の上から拾ってここにございますわ」
夫人のさし出した弾丸を、ホームズは私の前にさし示した。
「ワトソン君、君の御覧の通り、柔軟性の弾丸だ。しかしたしかに全く天才だね。まさかこんなものが、空気銃から飛び出て来たものだとは、思わないからね。いやハドソン夫人、実に有難う、衷心から感謝します。あなたの御助力には、満腔の謝意を表明します。さてワトソン君、一つこの昔馴染の椅子に掛けてくれないかね。実は君と大に談じてみたい問題もあるんだが、――」
ホームズは見すぼらしいフロックコートを脱ぎ捨てて、半身像から例の鼠色の寛服《ガウン》を取って着たので、依然たるシャーロック・ホームズに返った。
「しかしあの老猟師の神経はやはりまだ正確で、また視力も依然鋭いものだね!」
ホームズは半身像の打ち砕かれた額を検《しら》べながら云った。
「後頭部の中央に正確に的中《あた》り、脳を貫通しているよ。彼は印度《いんど》では第一の名射手であったが、しかしこのロンドンでも、彼の右に出ずる者は、はなはだ少なかろうと思うな。それとも君は誰かきいたことがあるかね?」
「いや、――」
「そうだよ。彼はそれほどに定評者だよ。さてそれからたぶん君は現世紀で最も偉大な頭脳の所有者の一人である、ゼームス・モリアーティ教授の名前を、まだ知らなかったと思うがね。ちょっとその伝記索引を、本棚からとってくれたまえ」
彼は不精らしく頁《ページ》をくって、椅子に反り返って、葉巻から大きく煙を吐いた。
「M部の蒐集は大したものだよ」
彼は説明し出した。
「まあモリアーティは云わずもがな、大したものだし、それから毒殺者のモルガンがある。それからあの忌々しいマシュウス。チャリング・クロスの待合室で、俺の左の犬歯をたたき折った奴。それから最後が、吾々の今夜の友人、――」彼
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