行し、巡査の応援を得て、兇猛なる格闘の後彼を捕縛することに成功せり。大胆なる兇賊の犯罪を行いて来たりたることに間違いはなかりき。その袋の中よりは、十万|磅《ポンド》に近き価格のあるアメリカの鉄道の社債やその他巨額の、炭鉱あるいは諸会社の株券などが発見せられたり。また事務所内を調べたる所、気の毒なる見張人の惨殺されたる死体が、最大の金庫内に投げ込まれありたるを発見せり。もしテュウソン部長のこの勇敢なる行為なかりせば、その死体は月曜の朝まで発見さるることなかりしなり。――見張人の頭骸骨は、背後より加えられし、火掻棒ようのものの一撃によってめちゃめちゃとなりおりたり。ベディックトン[#「ベディックトン」は底本では「ベディックドン」]は入口を、何か忘れ物をしたと云う口実にて通りたるに相違なく、しかして見張人を殺害し、手早く最大の金庫を開らきて、中の目ぼしきものを持ち去りたるに相違なきなり。常に彼と共に犯罪を行うを習慣としたる彼の兄弟は、この犯行には現れることなく、警察にて彼の行衛《ゆくえ》について極力捜査中なるも、現在未だに不明なり。――
[#ここで字下げ終わり]
「そうだ、僕たちはその行衛について、幾らでも警察を助けてやることが出来るのだ」
と、ホームズは、窓ぎわに目ばかり光らせているその男を見やりながら云った。
「人間の性質と云うものは不思議に入り組んだものだ。君は、強盗や人殺しでさえも、彼の兄弟の首に縄がかかったと云うことを知って、自殺する気になるほどな肉親の愛情を起こすものであることが、分かったろう。しかしもう私たちは私たちの行動について躊躇しなくてもよい。私とワトソンとはこの男の番をしてますから、ピイクロフトさん、あなたはどうか警察へこのことを知らせにいって下さいませんか」
底本:「世界探偵小説全集 第三卷 シヤーロツク・ホームズの記憶」平凡社
1930(昭和5)年2月5日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「彼奴→あいつ 貴方→あなた 或→ある 如何→いか 一旦→いったん 於て→おいて 於ける→おける 位→くらい 極→ごく 而して→しかして 随分→ずいぶん 即ち→すなわち それ所か→それどころか 大分→だいぶ 沢山→たくさん 只今→ただいま 多分→たぶん 給え→たまえ 丁度→ちょうど て戴→ていただ て見→てみ て貰→てもら 所が→ところが 所で→ところで 尚→なお 乍ら→ながら 成程・なる程→なるほど 憎い→にくい 程→ほど 殆ど→ほとんど 亦→また 迄→まで 寧ろ→むしろ 勿論→もちろん 漸く→ようやく 余程→よほど 僅か→わずか」
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※底本は総ルビですが、一部を省きました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(荒木恵一)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2004年9月21日作成
2005年12月17日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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