義勇兵と競争者と運動家とを出す階級に属している人間であることを、物語っていた。そして彼の丸々とした血色のいい顔は、自然に愉快さで満されていたが、しかしその口の端には、彼が半分はむしろ喜劇的な不幸のためにすっかり沈んでいるらしい所が見えた。もっとも彼がどんな不幸に会って、シャーロック・ホームズの所へ飛び込んで来たかと云うことについては、私たちが一等車に乗り込んで、バーミングハムの旅に旅立ってからようやくきくことが出来たのではあったけれど……。
「七十分間この汽車で走るんだが……」
とホームズは云った。
「ねえ、ホール・ピイクロフト[#「ピイクロフト」は底本では「ビイクロフト」]さん、あなたの出会った今度の興味深い事件を、私の友達にも話してやって下さいませんか。私に話して下すったと同じように正確に、いや、もし願われるなら、それよりも精密に。――私ももう一度事件の関係をおききしたほうが、いろいろ参考にもなるんです。――ワトソン君、つまりこの事件の中に何事かがあるか、あるいは何もないかをしらべればいいんだ。しかし少くも事件は、実に奇妙な常規を逸したものなんだ。そしてそれは私にも君にも非常に興味のある事件なんだよ。――どうぞピイクロフトさん、お話しになって下さい。私はもうしゃべりませんから……」
私たちの若い同行者は、目の玉をクルリと廻して私を見た。
「今度のことで一番に悪かったことは、私が私自身を、すっかり狼狽しちまって、まるで馬鹿のように振舞ったと云う所にあるんです。――無論、それでも私は全力をつくしてやったんです。私にはそれより外に出来ることがあるとは思えなかったんです。けれども、もし私が切札をなくしてその代りに何もとらなかったら、私は自分を、何と云う馬鹿な英国人だろうと感じたでしょう。――ワトソンさん、私はお話するのが、余り上手ではありません。――けれどありのままを申上げましょう。
私は呉服屋街のコクソンの店に務めていたんですが、この春大きな損をしまして、たぶん御存じかと思いますが、店がいけなくなっちまったんです。私はそこに五年おりました。だものですから、いよいよ店が破産する時に、私には実に立派な証明書をくれました。――無論、我々事務員は、みんなで二十七人もいたんですが、店が潰れると同時に、みんな散り散りばらばらになってしまいました。――私はあっちへもこっちへも
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