それを火の中に投げこんでしまったのでした。その後は別に彼の女はそれについて何も云いませんでしたし、私もまた約束にしたがって、そのことについては一言も触れませんでした。しかし彼の女は、それ以来はずっと、一つの不安にとざされていて、とかく顔色が浮かなくなり、何ごとかにビクビクしているようでした。まあ俺を信ずるがよい。俺こそは彼の女の、最もよい伴侶なのだ。私はそう思っていました。しかし彼の女が云い出すまでは、私は切り出すことは出来ません。しかしホームズさん、くれぐれもお含みを願いたいのですが、彼の女はたしかに真実な女性で、もし彼の女の過去に、何か難題のようなものがあるとしても、それは彼の女の欠点ではないと思うのです。私はただノーフォークの田舎者にすぎないのですが、しかしそれでも、英国では第一流の旧家であると云うことは、彼の女はよく知っており、また結婚前からも認めていましたから、まさか彼の女は、その私の家名を汚すようなことは、万々《ばんばん》無いと私は確信するのです。
さていよいよこれから、私の話は、奇怪な部分に進みますが、一週間ばかり前、――そうです先週の火曜日でした。私は窓硝子の上に、この紙に画いてあるような、出鱈目《でたらめ》な小さな、踊っているような姿が、画かれてあるのを発見したのでした。それは白墨でいたずら画きしたものでしたが、私は厩《うまや》番の少年がかいたのだろうと思いました、その若者は、全く知らないと云いはるのでした。とにかくそれは夜かかれたものでしたが、私はそれを洗い落してから、このことを妻に話しました。ところが驚いたことには、妻はそんなものを大変重大視して、もしまた画かれたら、ぜひ見たいと云うのでした。それから、一週間の間は、そんなものは画かれませんでしたが、ちょうど昨日の朝、またまた私は、庭園の日時計の上に、この紙片がおかれてあるのを見つけたのでした。私はそれをエルシーに見せましたら、彼の女は気絶して倒れてしまったのでした。それ以来彼の女は、全く茫然としてしまって、いつも恐怖にとりつかれた目色をしているのです。それでその時に私は、この紙片をあなたにお送りして、手紙をさし上げた次第でした。これはまさか警察に訴えても、ただ笑いものにされて、取りあってくれますまいし、あなたでしたら何とか方法を教えて下さるだろうと考えたのでした。私は決して金持ではありません
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