た。それから私は振り返った途端に犯人がテーブルの上に投げて行った、紙片を丸めたものを見つけた。それはホームズが彼をおびき寄せた手紙であった。
「さあ、君、これを読めるかね? ワトソン君、――」
ホームズは笑いながら云った。
それは一語もなく、ただ次のような舞踏人の短い一行であった。
[#図8入る]
「いや、僕が使った、暗号表を用いれば、これはもうごく簡単なものだとわかるよ」
ホームズは云った。
「これは、"COME HERE AT ONCE"(すぐに来い)と云うだけのことだよ、いくら何でもこの招待状では、彼は万障を繰合せても来ると思ったのさ。何しろこうしたものを書ける者は、夫人以外には無いのだと彼は信じているのだからね。さてこうして、親愛なワトソン君、我々もこの悪業の手先に使われていた舞踏人を、今度は善い意味のものに転化してしまったし、また僕も君の覚書の中に、一つはなはだ特異な件をお土産にしようと云う約束も、これでともかく果したわけだ。三時四十分の汽車があるが、我々はベーカー街に行って、夕食でも食べるとしようか、――」
簡単に結末だけを。
この亜米利加《アメリカ》人のアベー・スラネーは、ノーアウィッチの冬期巡回裁判で、死刑を宣告されたのであったが、しかしヒルトン・キューピット氏が、最初に発射したと云うことが明瞭になったので情状酌量して、死刑を改めて懲役刑とされた。
それからヒルトン・キューピット夫人については、その後負傷はすっかり癒り、寡婦として一貫し、その生涯を救貧事業と、亡夫の遺産管理に専念していると云うことをきいただけである。
底本:「世界探偵小説全集 第四卷 シヤーロツク・ホームズの歸還」平凡社
1929(昭和4)年10月5日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「貴方→あなた 汎ゆる→あらゆる 或る→ある 或→あるい 如何→いか 聊か→いささか 何時→いつ 一層→いっそう 愈→いよいよ 何れ→いずれ 於て→おいて 却って→かえって 可成り→かなり かも知れ→かもしれ 屹度→きっと 位→くらい 極く→ごく 此→この 併し→しかし 而も→しかも 直・直き→じき 暫く→しばらく 直ぐ→すぐ 即ち→すなわち 凡て→すべて 是
前へ
次へ
全29ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三上 於菟吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング