て、今度はもう捨鉢の度胸で、冷静に語り出した。
「いや、皆さん、決して何も隠し立てはしません」
彼は言葉をつづけた。
「もし私が彼を撃ったと云うなら、彼もまた私を撃っているのです。ここに殺人罪はありません。またもしあなた方が、私があの女を撃ったのだとお思いになるなら、それはあなた方が、私とあの女とをよく知らないからです。私は断言して憚《はばか》りませんが、私はいかなる男性の愛情よりも、彼の女を深く愛していました。私は彼の女に対しては、権利を持っています。私達は数年前に、それぞれ誓った間柄です。それだのに我々の間に入って来た英国人などは、全くどこの馬の骨でしょう? 私は断言しますが、私こそは彼の女に対して、第一の優先権を持っている者で、ただ私はその正統の権利を要求しただけです」
「夫人は君のそう云う人となりを知ったので、君の把握から遁げ出したのだ」
ホームズは厳しく云った。
「夫人は君を避けるために亜米利加《アメリカ》から遁げ出して、英国の立派な紳士と結婚したのだ。それに君は未練がましくも追かけて来て、彼の女にその敬愛する夫を捨てて、憎悪し恐怖している君と、遁げ出すことを強迫したので、彼の女は、不幸極まるものになってしまったのだ。君も一人の貴人を殺し、しかしてその妻を自殺させて、もうそれで万事休矣《ばんじきゅうす》というものさ。君のお手柄の一切はこれだけだが、さてアベー・スラネー君、この上はただ法の適用を受けるだけさ」
「もしエルシーが死ぬなら、そりゃもうこの身体などは、どうなったっておかまいなしだ」
その亜米利加《アメリカ》人は云った。そして彼は片方の掌《てのひら》に、皺くしゃになっていた書ものに見入った。
「これを御覧下さい」
彼は目を疑い深く閃かせながら叫ぶのであった。
「あなた方は私をおどかしているのではないでしょうね? もし彼の女があなた方の仰せのように非常に重態であるとしたら、一たい誰がこの手紙をかいたのでしょう?」
彼はその紙片をテーブルの上に投げてよこした。
「君をここに来させるために、僕が書いたのだ」
「あなたが書きましたって? この世界中でわれわれの仲間の外《ほか》は、誰もこの舞踏人の秘密を解るものが無いのですよ。どうしてあなたなどが書けるものですか?」
「君、誰かが案出したものとすれば、また誰かがそれを解くことが出来るさ」
ホームズは
前へ
次へ
全29ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三上 於菟吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング