さあ、それでは、一つ室の中を徹底的に調べてみようじゃないですか」
 書斎は小さな室であった。三方は書物を立て並べられ、書机《しょづくえ》は普通の窓に向って置かれ、そこから庭園は見渡されるのであった。まず我々は第一に、この不幸な田園紳士の死体を検べた。彼のがっかりした躯幹《くかん》は、室にさし渡しになって横たわっていた。着衣は大変乱れていたが、それはあるいは彼が眠ってるところから、飛び起きたのだろうと思われた。弾丸は前面から撃たれて、彼の心臓をやっつけたまま、体内に止まっていた。彼の死はたしかに即死で、しかももう苦痛さえも無いものであったろう。火薬の痕跡は、寝衣《ドレッシングガウン》にもまた手にもついてはいなかった。また田舎医師の言葉では、妻の方は顔には血がまみれていたが、しかし手には何にもついてはいなかったと云うことであった。
「手に何にもついていなくっては、何にもならない、――もっとももしついていたとすれば、もうそれで何もかも一目瞭然だけれど、――」
 ホームズは云った。「しかしもっとも実弾がうまく装填されておれば、何発でも何の痕跡ものこさずに、撃つことも出来ることは出来るのだが、――さてもう、キューピット氏の死体は、動かしてもよろしいでしょう。それから先生《ドクトル》、夫人を撃った弾丸は、見つかりましょうか?」
「何しろ非常な大手術をしなければなりませんな。しかし実弾は四発ありますから、二発で二人が撃たれ、弾丸の勘定はよく合いますがな」
「そう思いますか?」
 ホームズは云った。
「あなたはあのたしかに、窓の縁を射た弾丸も勘定に入れておられるでしょうな?」
 彼は突然振り返って、痩せた長い指で一点を指さした。なるほど、窓の下際から一|吋《インチ》ばかり上の処を、見事に貫通した穴があった。
「ああ!」
 検察官は歎声を上げた。
「どうしてあんなものに目が止まったのですか?」
「いや私は探していたのです」
「これは怖ろしい!」
 田舎医者は云った。
「いや確に仰せの通りに相違ありません。それでは、第三弾が発射されてるわけですから、第三者がいなければならないわけですな。しかしそうしたら、どんな者がここに現われて、そしてどうして遁げ出したのでしょう?」
「そのことがすなわち、これからの我々の問題ですがね」
 シャーロック・ホームズが云った。
「ね――検察官のマーティンさ
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