らない、つまらないことなんだ。――僕はこんなことになりはしないかと、ひそかに恐れていたんだよ」
 彼がこんな話をしているうちに、僕たちの馬車は並木道のカーブを曲っていた。そして夕暗《ゆうやみ》の中に、家の鎧戸がすっかりおろされているのを見た。僕たちは玄関にとびついた。友達の顔は心配で緊張していた。と、その時、玄関の中から、黒い服を着た紳士が出て来た。
「博士、いつ最後でした?」
 トレヴォ[#「トレヴォ」は底本では「ドレヴォ」]はきいた。
「あなたがお出かけになるすぐでしたよ」
「意識を取り戻しませんでしたか?」
「御最後の前に、ちょっと……」
「私に何か遺言でも?」
「ただ日本箪笥の後ろの曳出しに書類がある、――とそうおっしゃっただけでした」
 僕と友人は博士と一しょに死体のある部屋に昇っていった。その間私は書斎に残ってこの事件のすべてを、繰り返し繰り返し頭の中で考えてみた。そして私は、自分自身のことのように厳粛な気持ちになった。――このトレヴォの過去にして来たこと――拳闘家、旅行家、金の採掘者。――そしていかなる理由でこの不快なる船乗りの手にかかるようなことになったか? ――また、
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