のです。――ホームズ君、私は君がどうしてこれを推論されたのか知らんのじゃが、しかし君にはこんな事の探偵は、なんでもないことのように私には見えるのう。――あなたはその方面をおやりなさるがよい。そうすればきっとあなたは何かを発見なすって、世界的な人物になれますぞ――」
そうして実に、ワトソン、この時彼に無暗《むやみ》に私の才能をほめ上げられたことが、それまでは道楽にやっていた仕事を、これは商売になるかなと思わせられるようになった、そもそも最初の原因だったのさ。けれど無論その時は、私はその家の主人の急病で夢中だったから、そんな他のことなどは考える所じゃなかったのだ。
「僕はあなたをこんなにお苦しませするようなことは、何も云うつもりはなかったのです」
僕は云った。
「いやいや、君はかえって僕をなぐさめてくれているんだよ。――それより、どうして君はそれが分かったか、またどのくらいの程度まで分かってるのか話してくれんかね」
彼は冗談半分にまぎらせながら云った。けれども彼の眼の蔭には恐怖の色がありありとひそめられていた。
「ごく簡単なんです」
僕は云った。
「あなたが魚をボートの中に引上げようとして腕をおまくりになった時、僕はあなたの肱の所にJ・Aと刺青《いれずみ》してあるのを見たんです。その字は今でも読めます。けれども字をブルブルさせて分からないようにしてあったり、その字の周囲の皮膚を汚してあったりしてある所から見ると、確かにそれを消してしまおうとなすったことがハッキリ分かります。そこで、それらの頭文字は、かつてはあなたに大変親しい方であったが、後にはそれを忘れようとなすったと云うことが明かになります」
「君は何と云う眼を持ってるんだ」
と彼は、幾分ホッとしたような溜いきをついて云った。
「君の云う通りじゃ。だが、私はその話をするのはいやじゃ。この世のすべての幽霊の中でも、私の過去の恋の幽霊は最も悪い幽霊じゃ。玉突部屋へ行こう。そしてゆっくり煙草でも吸いながら話そう」
その日から、トレヴォ氏の私に対する態度は、親切でありながら、その中に何か常に疑惑の目を含ませてあるようになった。彼の息子さえそれを認めたくらいなんだ。
「君は僕の親じの態度をかえさせちまったねえ」
と彼は云った。
「親じはもう君には何もきかんよ」
彼はその理由は説明しなかった。しかし私の言葉が、彼
前へ
次へ
全24ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三上 於菟吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング