食うぜ」
「帰る所なんかねえんだよ。ペイドオフ(馘首)の食いたてなんだ」
 浚渫船のデッキから、八つの目が私に向いた。
「何丸だ?」
「万寿丸よ!」
「あんな泥船ならペイドオフの方が、よっ程サッパリしてらあ。いい事をしたよ」
 彼等は、朝の潮に洗われた空気に相応しく快活に笑った。
 それは、負傷さえしていなければ、火夫の云う通りであった。だが、今は私は、一銭の傷害手当もなく、おまけに懲戒下船の手続をとられたのだ。
 もう、セコンドメイトは、海事局に行っているに違いない。
 浚渫船は蒸汽を上げた。セーフチーバルヴが、慌てて呻り出した。
 運転手がハンドルを握った。静寂が破れて轟音が朝を掻き裂いた。運転手も火夫も、鋭い表情になって、機械に吸い込まれてしまった。
 ――遊んでちゃ食えないんだ。だから働くんだ。働いて怪我をしても、働けなくなりゃ食えないんだ!――
 私は一つの重い計画を、行李の代りに背負って、折れた歯のように疼く足で、桟橋へ引っ返した。
[#地から1字上げ]――一九二六、七、一〇――



底本:「日本プロレタリア文学全集・8 葉山嘉樹集」新日本出版社
   1984(昭和59)年8月25日初版
   1989(平成元)年3月25日第5刷
初出:「文芸戦線」
   1926(大正15)年9月号
入力:林 幸雄
校正:伊藤時也
2010年1月26日作成
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