た。細君は亭主と正面に向き合つて、「論告」を下してゐた。
傍聴席には、その両親の子供たちが、ハッキリ数へることは出来なかつたが、七八人、或は十人もゐたかもしれなかつた。
「お前だけ酒を飲んで面白いかもしれないが……」
それだけ私は聞きとつた。
その夜は、囲炉裏の自在鍵には鍋がかかつてゐなかつた。火も燃えてゐなかつた。
「さては米代を飲んぢまやがつたな」
と腹の中で云つて、私は首をすくめた。
屋根板を削るのや、頼まれて日雇に行くのが、その家の業だつた。
私はその夫婦の両方に同情した。
セリフは私の家でも同じだ。日本中、いや世界中、このセリフは共通してゐるだらう。そしてこのセリフ位、古くならないで、何時も鋭い実感を伴つて、亭主野郎の頭上に落ちて来るものも少ないだらう。
ジグスのやうに、パンのし棒でのされるにしても、あのやうに朗に飲めるのならば、酒は確かに百薬の長だが。
親子心中を一日延ばすために、飲んだとなると、効き目が一寸あらたか過ぎる。
「どんな子だい。あの家の子は?」
と、私が男の子に訊くと、
「あだ名をダルマつて云ふんだよ。憤ると頬つぺたを膨らませるんでね。それでダルマつて云ふんだよ」
「さうかい。お前だつて憤ると頬つぺたを膨らせやしないかい」
「とつても膨らませるんだよ。眼玉を大きくしてね」
「余まり憤らせない方がいいね」
五
農村は萎びてゐる。
身心共に萎びてゐる。
枠が小さくて、一寸堅過ぎる。
人の考へる通りを考へ、人の感じる通りを感じる。さうしないと喰み出して終ふ。
喰み出したらお終ひではないか。喰み出さなくても、暮しは苦しい。
私たちは家へ帰り着いた。
子供たちは濡れた服を脱いで、コタツに入り、夕食を摂つた。日頃健啖なのに、下の女の児は一杯食つた切りで、「御馳走様」と云つて、サッサと寝床にもぐり込んだ。
男の子は三杯目に、
「御飯未だあるの」
と女房に訊いた。
魚釣りも、蝗取りも、米櫃の空なことを忘れさせなかつたのだ。
私の教育方針もよろしきを得てゐる。
「兵隊さんたちは、三日二夜食もなくつて軍歌にあるだらう。苦労してゐるんだからね、お前たちも贅沢を云つてはいけないよ」
と、ふだんから云つてあるのだ。
子供たちが食事が済み、寝床に入つてから、私は米を借りに出かけた。
村の町は、夜九時になると死んだやうになる、偶然飛び込んだ旅人を泊める宿屋までも、十時になると眠り込む。
出征を祝す、の征旗も、旗を取り込んで、てつぺんに葉を少し残した旗竿だけが、淋しく軒先きに立つてゐる。
明日はどうなるであらう。
[#地から1字上げ](昭和十二年十二月)
底本:「筑摩現代文学大系 36 葉山嘉樹集」筑摩書房
1979(昭和54)年2月25日初版第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:大野裕
校正:高橋真也
1999年10月17日公開
2006年2月2日修正
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