その見廻りは小林がいつでも引き受けていた。が、此場合では小林はその役目を果す事は出来なかった。
時間は、吹雪の夜そのもののように、冷酷に経った。余り帰りが遅くなるので、秋山の長屋でも、小林の長屋でも、チャンと一緒に食う筈になっている、待ち切れない夕食を愈々待ち切れなくなった、餓鬼たちが騒ぎ出した。
「そんなに云うんだったら、帳場に行ってチャンを連れて来い」
と女房たちが子供に云った。
小林と秋山の、どっちも十歳になる二人の男の児が、足袋跣足でかけ出した。
仕事の済んでしまった後の工事場は、麗らかな春の日でも淋しいものだ。それが暗い吹雪の夜は、況して荒涼たる景色であった。
二人の子供は、コムプレッサー、鍛冶場、変電所、見張り、修繕工場、などを見て歩いたが、その親たちは見当らなかった。
深い谷底のような、掘鑿に四つの小さい眼が注がれた。坑夫の子供ではあっても、その中へは入る事が許されなかったし、又、許されたとしても、そこがどんなに危険であるかは、子供の心にも浸み込んでいた。
「穴ん中にゃいないや、捲上小屋にいるかも知れないよ」
小林の子が、小さな心臓を何物とも知れぬ不安に締めつけられながら言った。
二つの小さな姿が、川岸伝いに、川上の捲上小屋に駆けて行くのが、吹雪の灰色の夕闇の中に、影絵のように見えた。
二人の子供たちは、今まで、方々の仕事場で、幾つも幾つも、惨死した屍体を見るのに馴れていた。物珍らしそうに見ていたので、殴り飛ばされたりした事もあった。
けれども、自分の父親が、そんな風にして死ぬものとは思わなかった。だのに、今、二人の十になる子供は、その父親の首へしがみついて、夕食の席へ連れ帰ろうとでもするように起そうとして努力していた。
が、秋山も小林も、決して、その逞しい足を動かし、その手を延ばそうとはしなかった。僅に、滅茶苦茶に涙を流しながら、引き起そうとする子供の力だけ、その冷たい首を上げるだけであった。
それでも、子供たちは、その小さな心臓がハチ切れるように、喘いでいるのにその屍体を起すことにかかっていた。若し、飯場の人たちが、親も子も帰らない事を気遣って、探しに来なかったならば、その親たちと同じ運命になるのであったほど、執拗に首を擡《もた》げる事を続けたであろう。
飯場の血気な労働者たちは、すっかり暗くなった吹雪の中で、屍体の首を無理にでも持ち上げようとする、子供たちを見て、誰も泣いた。
[#地から1字上げ]――一九二七、三、三〇――
底本:「日本プロレタリア文学全集・8 葉山嘉樹集」新日本出版社
1984(昭和59)年8月25日初版
1989(平成元)年3月25日第5刷
初出:「解放」
1926(大正15)年5月号
入力:林 幸雄
校正:伊藤時也
2010年1月26日作成
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