坑夫だって人間である以上、早仕舞いにして上りたいのは、他の連中と些も違いはなかった。
だが、掘鑿は急がれているのだ。期限までに仕上ると、会社から組には十万円、組から親方には三万円の賞与が出るのだ。仕上らないと罰金だ。
何しろ、ポムプへ引いてある動力線の電柱が、草見たいに撓《たわ》む程、風が雪と混って吹いた。
鼻と云わず口と云わず、出鱈目に雪が吹きつけた。
ブルッ、と手で顔を撫でると、全で凍傷の薬でも塗ったように、マシン油がベタベタ顔にくっついた。そのマシン油たるや、充分に運転しているジャックハムマーの、蝶バルブや、外部の鉄錆を溶け込ませているのであったから、それは全く、雪と墨と程のよい対照を為した。
印度人の小作りなのが揃って、唯灰色に荒れ狂うスクリーンの中で、鑿岩機を運転しているのであった。
ジャックハムマーも、ライナーも、十台の飛行機が低空飛行をでも為ているように、素晴らしい勢で圧搾空気を、※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ルブから吹き出した。
コムプレッサーでは、ゲージは九十封度に昇っていた。だから、鑿岩機の能率は良かった。
「おい、早仕舞にしようじゃないか」
秋山と云う、ライナーのハンドルを握ってるのが、小林に云った。
それは、鑿岩機さえ運転していないで、吹雪さえなければ、対岸までも聞える程の大声であった。そして、その小林は、秋山と三尺も離れないで、鑿《のみ》の尖の太さを較べているのだった。
「駄目だよ。あのインダラ鍛冶屋は。見ろよ、三尺鑿よりゃ六尺鑿の方が、先細と来てやがら」
小林は、鑿の事だと思って、そんな返答をした。
「チョッ!」
秋山は舌打ちをした。
――奴あ、ハムマーを耳ん中に押し込んでやがるんだ、きっと、――そう思って、秋山は口を噤んだ。
秋山は十年、小林は三十年、坑夫をやって来た。彼等は、車を廻す二十日鼠であった。
彼等は根限り駆ける! すると車が早く廻る。ただそれ丈けであった。車から下りて、よく車の組立を見たり「何のために車を廻すか?」を考える暇がなかった。
秋山も小林も極く穏かな人間であった。秋山は子供を六人拵えて、小林は三人拵えて、秋山は稍《やや》ずるく、小林は掘り出した切り株の如く「飛んでもねえ世の中」を渡っていた。
「何て、やけに吹きやがるんだ! 畜生」
小林はそう云って、三尺鑿の先の欠けた奴を
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