が監獄の塀《へい》の外にも、彼の考えたような自由はその影もなかったように、また甲板の上で考えたような自由と幸福とは、決して陸上にもありはしなかった。彼らは、それを、彼らが上陸するたびに味わった。そして、陸上で自分の財布を地面へたたきつけ、自分の着ているその無格好な汚《よご》れた着物を引き裂き、労働で荒れた、足の踵《かかと》のような手の皮を引んむいてやりたく思うのであった。それらが、彼らがせっかくあこがれ切った陸に上がったにかかわらず、彼らから自由と幸福とを追っぱらった。
労働者は、自由や幸福や、人間性が、賃銀を得つつある間に自分に与えられ、あるいは自分からそれを得ようとすることが、全然不可能なことであることを知るようになる。人間が牛肉を食うと同じように、人間が人間を食う時代の存続する限り、労働者は、その生命が軛《くびき》の下《もと》にあることを自覚しなければならない。水夫らは、そんなふうなことを感じた。と思うと、そのすぐ次には「おれ一人《ひとり》でいくらあせって見ても始まらない話だ、坊主でも女郎買いをするではないか、おれらは人間の中のくず扱いにされているんだ」と、社会が自分に強制するところの職分及び生活範囲を、自分から容認してしまうのであった。
彼らは、陸でも、これより月給がいいのに、おれは海の上でなぜこんなに少ないのだろう。おれも陸に上がって働けないだろうか、とても働けまい。口があるまい。と、彼らは法則どおりに思い込んでいるのであった。
ボースンが「とも」から帰って来た。そして「特に今日は休暇を与える」といったことを伝えた。
この報告は、何らの批評もなく皆に受け入れられ、喜ばれた。
「ばかにしてやがらあ『特に』だとよ」と、うれしそうに叫びながら、だれもが、何をするためにともわからずに、そのベッドへと駆け込んで行った。
そしてこの貴重なる、出し渋られた休日を彼らは大抵眠ってしまうのであった。全く、いつもの例のごとく、この時も、一人残らず、その巣へもぐるが早いか、眠ってしまったのであった。
唯一の切実なる欲求を睡眠に置いているセーラーたちは、そのことから見ただけでも、どのくらい彼らが過労し、酷使されているかがわかる。
一〇
朝食は八時である。波田は、ボーイ長が負傷したため、仕事の間に炊事の方をやらねばならなかった。二時間ばかり間があるので
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