かにそうあるべきだ。なぜかならばそれは「階級」と「身分」とが違うからであった。それはまたなぜかならば「階級」と「身分」とは人間と猿《さる》とをへだてるよりも、もっとひどく人間と人間をへだて、離したからだ。
かくて、ボーイ長の負傷は、水夫らに何とはなしに、陰惨な印象を与え、白内障《そこひ》の目における障害のように、いくらふいてもふいてもとれなかった。そして、それはこのゴロツキどもを、布団《ふとん》に紛れ込んだ針のように、時々チクチクとつっ突いた。かつ針は、いつかはあまりの痛さに「ゴロツキ」どもを飛び上がらせずには置かないのであった。
ボーイ長は、自分にとっては何よりも尊い自分の生命のために、相手は船長であれ何であれ、「今日《きょう》という今日は交渉しよう」と決心した。そしてそれは藤原に相談すべきであると思い決めた。
二八
一方水夫らは、ボイラー揚陸のために、ハッチの蓋《ふた》をとり、ビームをはずした。そして彼らは、マストの内部にとりつけてある足場を伝って、ダンブルの中へと降りて行った。それは厳重に荷造りがしてあった。水夫らは、それが航海中ゴロゴロあばれ出さないように、それをしっかり据え、方々から引っぱるための作業の困難で、とても面倒臭かったことを思いながら、それを取りはずすのだった。取りはずしは、取りつけから見ると、比較にならぬほど手軽に行った。
クレインは今、室蘭駅の機関庫の見える方から、その怪物のような図体を、渋々とランチに引っぱられて、万寿丸を目がけて近づいて来るのであった。四角な浮き箱の上に、二十五トンの重さの物を引っぱり上げるだけの力と、骨組みとを持った鉄の腕と、ウインチが装置されてあるのだ、けし粒ほどの小蟻《こあり》が黄金虫《こがねむし》か何かを引っぱるように、小蒸汽はそれを曳《ひ》きなやみつつ、じりじりと近づいた。
船の方では、いつでも、引き上げられるように、ボイラーはそのあらゆる拘束から釈放された。今はただ大きな腕が、自分をその牢獄《ろうごく》から引き出してくれるのを待つばかりだった。
クレインは近づいた。そしてその偉大な腕を、ヌッと本船のハッチの上へ差し延べた。それから、ワイアロープがブラ下がって来た。そのロープの尖端《せんたん》には人間の腕まわりほどの太さの鉤《かぎ》がついていた。この鉤自体が一人《ひとり》ではとても動かな
前へ
次へ
全173ページ中92ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
葉山 嘉樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング