「船頭さん、室蘭にいい病院があるの?」ボーイ長はたずねた。
 「ああ、いい病院があるよ、室蘭病院てのが、山の手の高いところにあるよ」
 「そこまで、波止場から、どのくらいの道程《みちのり》があるの」
 「そうさなあ、十二、三町ぐらいなもんだろうなあ」
 それではとても一人《ひとり》の力で負《おぶ》ってなんぞ行けない。といって、ここでは橇《そり》ででもなければとてもだめだが、それもちょっとあるまいし、もし船長が身を入れてくれないと、今度こそは、自分は航海中に死なねばならないだろう。
 「市立病院かい、それは?」ボーイ長はたずねた。
 「市立じゃないけれど、公立だよ」船頭さんは答えた。「だけど、どうしてまたけがなどしたのかい」ときいた。
 「ほらこの前の航海ね。室蘭を出帆する日からしてえらい暴化《しけ》だったろう。あの航海に、舵機《だき》の鎖とカバーの間に食い込まれたんだよ」ボーイ長はあの時の様子を、ここで初めて語り始めた。
 「その日、私はともの倉庫にキャベツを出しに行ったんだよ。おもてのおやじが、とって来いというからね。で、キャベツを三つ笊《ざる》へ入れて、コック部屋《べや》の方へデッキを歩いてると、船が急に傾いたんで、左の足をウンと踏んばったんだよ。それがねちょうど都合悪くデッキが凍ってたもんだからすべって、つい鎖の方まではいってしまったんだよ。その時に舵機ががらがらと動いたもんだから、私ゃ鎖に食い込まれてしまって、カバーの中へからだを半分入れたらしいんだよ。そしてうつむけに引きずられたもんだから、胸をひどくデッキへたたきつけたらしいんだよ。わしは、ボーッとして気を失ってたから、足を食い込まれて、ひどくやられたことだけは知っていたんだけれど、こんなに胸や手やなどが痛むとは、助けられてからでも思わなかったんだよ。だけど、足はもうすっかりなおっても、ビッコを引かなけれや歩けないだろうと思うと、どうしていいかわからなくなるよ。おらあ、からだよりほかにもとでがねえからなあ、びっこをひくようになっちゃ、車も曳《ひ》けないからねえ、そうかって学問をする学資はないしね、家にゃまだ子供が八人もいて、小作のおやじはおふくろと一緒に、それこそまっ黒になって働いても、どうしてもやって行けねえで、小さな子まで子守奉公《こもりぼうこう》に出してあるんだよ。だからおれ、少しでもかせいで家
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