知ってる範囲では、君にも、三上君にも何らの責任はないと思うよ」と彼は答えた。
 「そうだろうか、だけど、三上は十円無理じい見たいにして借りたもんなあ。それに、昨夜《ゆうべ》は帰らないで、今日《きょう》は伝馬をどっかへ持ってっちゃったしね。僕は今、一切が僕に責任がかかって来やしないかと思って心配してるんだよ、そら僕には責任があるんだけどね。どうしたらいいだろうか、船長が帰ったら、すぐにあやまりに行ったらどうだろう、ね」
 小倉は途方に暮れていた。彼はその事柄が帳消しになるためなら、今から裸になって、海へ飛び込めといわれれば、そうすることの方をはるかに喜んで、かつ安心したであろう。彼は「これほどの問題が、まだ片づかない」という、宙ぶらりんの状態であることを極度に恐れた。彼は、この問題が、「いつかは現われるが、まだいつかそれはわからない」ような状態で、一、二か月も続くとすれば、彼は自分と三上との二つの行為をくるめて、道徳的にも、法律的にも――もしありとすれば――物質的にも、一切合切を自分で責任を背負った方がどのくらい楽だったかしれなかった。
 「おれはもう、これが三年越し引き続いた事柄のように考えられる」小倉は、ヒステリーの女のように伝馬の事以外から頭を持ち出すことができなかった。
 「船長にあやまりに行く? それもいいだろう。だが、お前、何を一体あやまるつもりなんだい。雇い入れもしないボーイ長の負傷を打っちゃらかしといて、自分だけは、夜中に上陸したことをかい。難破船のそばをスレスレに涼しい顔をして通過したことをかい。あやまる理由と、事柄とがあるなら進んであやまるがいいさ。だがあやまることのない時にあやまるのは、自分の正しさを誇示することになるか、または、単なるオベッカに止《とど》まるよ。そんなに君あわてることはないだろう。事の起こりから、終わりまで、冷静に考えて見たまえ。勝敗は別として、理由の正邪はどっちにあるか、すぐわかることじゃないか。港務の許可なしに夜陰に乗じてコッソリ上陸したり、検疫前に上陸したりすることは、よし、どんな凪《なぎ》の晩の宵の中であっても悪いことに相違はないだろう。だから順序として、その点からまずあやまるべきだろうよ」
 藤原は、まるっ切りおれとは違った見方をしてる。だが、あれも一つの見方だ。随分乱暴な見方だが真実の見方だ。どうだろう。ほんとうに、
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