遠慮がちにすわりながら、
 「ねえ、あの方、三上さんてえの、あなたが小倉さん、ね、小倉さん、三上さんはね、あなたを巻き添えにして済まないけれどね、とても今夜は帰れないんですって、明日《あす》になったって、どうだかわからないんだなんていっててよ。そして、済まないがとにかく明日の朝まで待ってくれるようにっていって、そのまま寝てしまいなすったわ」
 「ああ、いいよ。それじゃ僕も泊まらせてもらおうか。ねえさん。僕はね、ねえさんがきらいでなんぞないんだよ。抱きしめて、キッスしたいくらいだよ。だけど、僕にはね、僕が愛してると同じように僕を愛してる人があるんだよ。だから、僕は一人で寝るから、ねえさんは、帳場の具合が悪かったら、床を二つ敷いて、並んで寝ようね。そして寝物語に、ねえさんのほんとの恋人の話でも聞こうよ」といって、さびしく気の毒そうに小倉は笑った。
 「まあ!」と立って床を延べようとしていた女は、急に小倉の膝《ひざ》の上につっ伏《ぷ》した。そして泣き入るのだった。小倉はびっくりした。
 「どうしたの。一体、え、そんなに帳場に都合が悪けりゃ一緒だって、ちっともかまわないから、泣くのはおよしよ。ね」
 小倉は女を起こそうとした。女は起きなかった。そしてなおも泣き続けるのだった。
 「およし、ね。泣くのはもうおよし。どんな、苦しい事情があるか知らないが、聞かなけりゃわからない。泣くほどの事があるんだったら膝とも談合ってこともあるから、僕にでも話して気が紛れないこともないかもしれない。とても力にゃなれまいけれど、もし役に立つことがあったら、役に立つから、泣いてばかりいないで、話してごらんな。ね、僕明日の朝早く帰らなきゃならないんだからね。また二、三日か四、五日は碇泊《ていはく》してるから、毎日にでも来るから、ね。サア床を敷いておくれ」といって、小倉は女をその膝の上から抱《かか》え起こした。
 「ええ、今、床を敷くわ、ちょっと待っててね、片づけるから」ハンケチで目を押えてさびしそうに彼女はそこらの食べ散らしを片づけ始めた。小倉も彼女に手伝って、七輪《しちりん》などをかたわらへ寄せた。

     二〇

 寝床はそこへ敷かれた。それは一つであった。枕《まくら》も男枕が一つッ切りであった。
 「どうしたんだい、お前さんはなぜ泣いたりしたんだね」と小倉は、そのまま床の中へもぐり込みなが
前へ 次へ
全173ページ中62ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
葉山 嘉樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング