きであることを語って、私は自分の善良なる性質を示して彼女に誇りたかった。
彼女はやがて小さな声で答えた。
「私から何か種々《いろいろ》の事が聞きたいの? 私は今話すのが苦しいんだけれど、もしあんたが外の事をしないのなら、少し位話して上げてもいいわ」
私は真赤になった。畜生! 奴は根こそぎ俺を見抜いてしまやがった。再び私の体中を熱い戦慄《せんりつ》が駈け抜けた。
彼女に話させて私は一体どんなことを知りたかったんだろう。もう分り切ってるじゃないか、それによし分らないことがあったにした所で、苦しく喘《あえ》ぐ彼女の声を聞いて、それでどうなると云うんだ。
だが、私は彼女を救い出そうと決心した。
然し救うと云うことが、出来るだろうか? 人を救うためには(四字不明)が唯一の手段じゃないか、自分の力で捧げ切れない重い物を持ち上げて、再び落した時はそれが愈々《いよいよ》壊れることになるのではないか。
だが、何でもかでも、私は遂々《とうとう》女から、十言|許《ばか》り聞くような運命になった。
四
先刻《さっき》私を案内して来た男が入口の処へ静《しずか》に、影のように現れた。そして手真似で、もう時間だぜ、と云った。
私は慌《あわ》てた。男が私の話を聞くことの出来る距離へ近づいたら、もう私は彼女の運命に少しでも役に立つような働が出来なくなるであろう。
「僕は君の頼みはどんなことでも為《し》よう。君の今一番して欲しいことは何だい」と私は訊《き》いた。
「私の頼みたいことわね。このままそうっとしといて呉れることだけよ。その他のことは何にも欲しくはないの」
悲劇の主人公は、私の予想を裏切った。
私はたとえば、彼女が三人のごろつきの手から遁《に》げられるように、であるとか、又はすぐ警察へ、とでも云うだろうと期待していた。そしてそれが彼女の望み少い生命にとっての最後の試みであるだろうと思っていた。一筋の藁《わら》だと思っていた。
可哀想に此女は不幸の重荷でへしつぶされてしまったんだ。もう希望を持つことさえも怖しくなったんだろう。と私は思った。
世の中の総《すべ》てを呪《のろ》ってるんだ。皆で寄ってたかって彼女を今日の深淵《しんえん》に追い込んでしまったんだ。だから僕にも信頼しないんだ。こんな絶望があるだろうか。
「だけど、このまま、そんな事をしていれば、君の命は
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